だが、これで終わったわけではない。同じような事件が立て続けに起こったのだ。
「……やはり、扇動している者がいるな」
 カナードのこの言葉に劾も頷いてみせた。
「ギルドの方には既に協力を依頼してある」
 自分たちが動くよりも彼等に頼んだ方が目立たずに情報を集めることが出来るだろう。その言葉にカナードも頷いてみせる。
「まぁ、お前が口にした言葉と子供達の話もそれなりに広まっているようだがな」
 子供も女性も、あぁ言った話は好きだからな……と劾は笑う。
「他にも、あそこの姫君に助けられた子供はいるからな。その子達も自分の経験を付け加えているようだったな」
 自分が聞いただけでも既に十以上のバリエーションがあった、とイライジャも頷いている。
「……それがいいきっかけになってくれればいいのだが……」
 よからぬ人間があの森に入ろうとしなければいい、とカナードは呟く。
「だから、さっさとその書類に署名をしてしまえ」
 劾が即座にこう言ってくる。
「ロレッタが今、根回しに動いている。後はお前の署名だけだ」
 あの地は今まで禁域だったが、ついでに王家の直轄地にしてしまった方がいいだろう。彼はさりげなくそう付け加える。
「……そうだな……」
 後は、と考えてカナードは視線を書類へと落とす。劾に見つからないように唇を噛んだのは、自分が考えたことが己の希望とずれていたからだろうか。
 本当はそんなことをしなくても自分があそこからキラを解放してしまえばいい。
 そのまま、彼女を自分の妻に迎えられたらどれほど幸せなことだろうか。
 心の中でそう呟いたところで、カナードは自分の本心にようやく気が付いてしまった。
「……俺は……」
 彼女に恋をしていたのか。
 王である以上、跡継ぎを作るのは当然。
 その相手が誰であろうと、国のために益になるののであれば構わない。そう思っていた。だから、恋なんてする必要はないとも。
 ひょっとして、そのせいで自分の感情がわからなかったのだろうか。
「直轄地にしてしまえば、迂闊なことは出来ないだろうからな」
 今の呟きや何かを悟られなかったのか。劾がこう言っている声でカナードの意識は現実に戻る。
「……その前に、俺もあそこに入れるかどうかを確認しておいた方がいいかもしれない」
 さらに彼はこんなセリフを口にした。
「劾?」
「同じようなことが今後起こらないとは限らない。その時に、あそこに確実に足を踏み入れられる人間がお前だけというのは避けたい」
 カナードに何かあれば、この国は滅ぶ。その言葉は、先ほどの呟きを聞かれていたからなのだろうか。
「……そうかもしれないな……」
 答えがわからない以上、どちらにとられても構わないような言葉を口にする。
「だが、それには俺も同行していいのか?」
 ふっとあることを思いついてさらに問いかけの言葉を口にした。
「まぁ……俺が一緒に行くから構わないか」
 問題は、と劾は眉を寄せる。
「その話を聞けば、絶対にプレアと風花も一緒に行くと言い出すだろうな」
 そっちの方が頭が痛いような気がするが、とイライジャが口を挟んできた。
「……風花はともかく、プレアは絶対『一緒に行く』と言い張るだろうな」
 カナードがあの森の側に行くことを彼は何故か異常なまでにいやがる。もちろん、先日のように公務であれば別だが。
「まぁ、いい。入れるかどうかは、また別問題だ」
 入れなかったとしても、それは個人の資質の問題である以上、プレアにも文句は言えないだろう。
「風花は……年齢的に入れそうな気もするが……」
 彼女はまだ《子供》と言っていい年代だ。だから、十分に可能性はある。
「それはそれで、構わないと思うがな」
 あの年齢にもかかわらず、彼女は大人顔負けの判断を下すことが出来る。
「ついでに、あいつに適当に話を考えさせるか?」
 このままではとんでもない尾ひれが付きそうだ。その前に正しい――と言っていいのだろうか――ものをきちんと広めてしまった方がいいかもしれない。イライジャはこう告げる。
「風花はマルキオ様も大好きだしな」
 彼のところでいっしょに話を作ってこいと言えば喜ぶのではないか。さらに彼はこうも付け加えた。
「マルキオ様も、俺たちよりはあの子の方が話しやすいかもしれないな」
 それに劾も頷いてみせる。
「動くなら、出来るだけ早いほうがいいだろうな」
 連中が余計な尾ひれを付ける前に、とカナードは口にした。
 だが、本音は違う。
 もう一度、キラに会いたいのだ。いや、できれば一度ではなく何度でも会えるものならば会いたい。しかし、それを劾達に告げるわけにはいかない、と言うのもわかっていた。
「わかっている。一両日中には時間を作る予定だ」
 劾がこう言い返してくる。それに、カナードは静かに頷き返した。


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