しかし、そんなカナードの計画は予想外のことで打ち砕かれた。
「……子供達が?」
 目の前に、肩で息をしている騎士がいる。彼は、あの森の周囲に配置したものの一人だ。
「はい……村が暴漢に襲われた折、彼の地に逃げ込んだのだ、とか……」
 いぜんから、あそこを遊び場にしていたらしい。だから、と彼は付け加える。
「……入り込んで、どれだけの時間が経っている?」
 まだ、森に取り込まれていなければいいのだが。そう思いながらカナードは問いかけた。
「一両日ほどか、と……」
 それならば、まだ大丈夫だろうか。それとも、もう、森に取り込まれてしまったのか。だとするならば、キラが悲しんでいるのではないか、とそんなことを考えてしまう。
「そうか。暴漢どもは?」
 不安を押し隠しながらさらに問いかけの言葉を口にした。
「ほとんどの者は捕縛してありますが……」
 それに彼は申し訳なさそうな表情を作る。
「どうやら、あの場にいた者達はたきつけられただけのようで」
 本来の首謀者は捕まえることが出来なかったどころか、顔を確認することも出来なかった。そう言って彼は肩を落とす。
「まぁ、いい。被害が最小限ですんだのであれば、な」
 それでも、子供達を逃すほどの被害だ。間違いなく死者は出たのだろう。
「取りあえず、俺も行こう。構わないな? イライジャ、それにプレア」
 自分の目付役としておいて行かれた二人にそう声をかける。
「この状況じゃ、しかたがないだろうな」
 王がその場に行くことで人々が安心できるのは事実だろう。何よりも、それがカナードの義務だ。そう言ってイライジャは頷く。
「……医師と王宮にいる神官を同行させてもよろしいでしょうか」
 プレアはプレアでこう問いかけてくる。それもまた、人々の気持ちを安心させようとしてのことだろう。
「構わない。すぐに手配をしろ」
 それと、不足しそうな物資もすぐに運び出せるようにしておけ。カナードはさらに言葉を重ねる。
「わかりました」
 プレアはそのまま部屋を出て行く。その後ろ姿を見送ったところで、カナードは口を開いた。
「……イライジャ。緊急事態だからな」
 最悪、子供達がまだ森の中にいるようであれば、自分が探しに行く。言外にそう告げれば、彼は思いきり嫌そうな表情を作った。
「劾が来るまで、待てないのか?」
 そうすれば、彼が一緒に逝くと言い出すのはわかっている。もちろん、イライジャもそれを考えているのだろう。
「……その間に、万が一のことが起きたらどうする?」
 何よりも、子供を探しに行けない親たちが何をしでかすか。
 もし、あの森に火を付けるようなことになればそれこそ取り返しが着かないことになる。だから、とカナードはイライジャをにらみつけた。
「その前に、子供達が無事に保護できているかもしれないだろう?」
 違うのか、と付け加えれば、彼もそれ以上は何も言わない。いや、言えないのではないだろうか。
「ともかく、準備を急いでくれ」
 それと、同じようなことが起きないように警戒を強めるよう、各地の責任者に伝えるように。そうも付け加える。
「……わかった」
 納得は出来ないが、だからといって出立を送らせるわけにもいかない。そう判断をしたのだろう、渋々と彼は行動を開始する。
「……その中に先導している者がいなければいいが……」
 自分を支えてくれる者達を疑うのはいやだが、とイライジャの後ろ姿を見送りながらカナードは心の中で付け加えた。それでも、可能性がないとは言い切れないのだ。
「まぁ、それは後だ。今は子供達のことを優先しよう」
 子供達が無事に戻ってきたとなれば、森に対する周囲の者達の視線も変わるのではないか。
 それを利用して、あの森を神聖視させることが出来ればいいのだが。そんなことも考えてしまう。
「……本当に、人の心は移ろいやすいものだ、とおじいさま達ならば言うのかもしれないな」
 キラのことを忘れて、自分の欲求を優先しようとする者達を見て……とそうも呟きながら、カナードも行動を開始する。
「だが、それを正すのが俺の役目だ」
 そして、と心の中でそっとはき出す。
 祖父母が出来なかったことを完遂するのも自分の役目であって欲しい。
「……いや、そうしてみせる」
 そう呟く彼の脳裏にキラの少し悲しげな表情だけが浮かんでいる。
「俺は……」
 キラの微笑みが見たい。
 できれば、自分の隣で微笑んでいて欲しい。
 そう考えてしまうのはどうしてなのか。そして、キラのことを考えるたびに胸の中でどうしてざわめきが起きるのか、カナード自身にもわからない。
 それでも、それがいやではないのだ。
「……いったいどうしてなんだろうな」
 こんなことは初めてでわからない。それでも、と呟いたときだ。
「カナード様! 準備が出来ました」
 言葉とともにプレアが顔を見せる。
「今行く!」
 取りあえず、自分のことを考えるのは後で、だ。心の中でそう呟くと、カナードは歩き出した。


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