図書室に行けないのであれば、本を持ち出してくればいい。そう思いついたのはしばらく経ってからのことだ。
「これと、これだと思いますが……確認してください」
 執務中に逃げ出すことはないとわかっているからだろう。プレアに告げれば、その間にとって来てくれると確約してくれた。その事実にほっとしながら、カナードはいくつかの書名を紙に記したのは今朝のことだ。
「あぁ。間違っていないな」
 それを持って戻ってきたのは既に昼近く。それだけ探しにくい所にあったのだろうか。
「ご苦労だったな」
「あなたに逃げ出されるよりましです」
 即座に返された言葉にカナードは思わず苦笑を浮かべてしまう。
「悪かった……あの森の中の時間が、こちらとずれていると……わからなかったからな」
 本当に中にいたのは僅かな時間だった。少なくとも自分はそう認識していた、とカナードは付け加える。
「キラとも、ほとんど話は出来なかったしな」
 自分が彼等の孫であると言うこと。オーブとプラントが正式に一つの国になったこと。その位しか話すことができなかった。
 キラはキラで、森の危険を早口で説明しただけだったし……と教えてやる。
「そうなのですか?」
 その瞬間、プレアはびっくりしたように問いかけてきた。
「本当だ。俺の感覚で言えば……そうだな、書類一枚を決済し終える程度だったと思う」
 それがどれだけの時間なのか。普段一番側にいる彼にはわかるはずだ。
「……たった、それだけなのですか?」
 外で待っていた自分たちには心配でたまらなかったあの時間が、カナードにしてみればそれだけのものでしかなかったのか。
 こう呟いたプレアはいったいどのようかな感情を抱いているのだろうか。
「ただ……」
 それがわからないまま、カナードはさらに言葉を重ねる。
「アイマンのおじいさまの日記を読めば、おじいさまの頃はそんなことはなかったらしい」
 森の中も外も、ほぼ同じ時間の流れだったとか。
 だとするならば、祖父が森に足を踏み入れなくなった時期以降なのではないか。そんな推測も出来る。
「一応、おじいさまの日記に関しても劾に探して貰っているが……あいつも忙しい身だからな」
 ならば、他の事例がないのか。それを調べておこうと思っただけだ、とカナードは口にする。
 もっとも、それだけではない。
 ラクスの日記に書かれてあった《運命》と言う言葉。それは文字通りのものではないのではないか。カナードはそう考えている。
 それを探すために、ミゲルが旅に出て行ったことも日記には書かれていた。
 探せば見つかるもだ、と言うのであれば自分が手にすることも可能なのではないか。そうも考える。
「……押しつけられた世界だけで満足できるか」
 王位にあるのも、自分だけがその権利を持っていたからではない。自分がそうありたいと思ったからこそ、即位をしたのだ。でなければ、誰かに押しつけていたに決まっている。
 自分自身が選択した結果であれば、どのような厄介な結果が待っていようとも構わない。
 だから、ラクスのあの言葉が納得できないのだ。
 試す前から『お前では無理だ』と言われて、自分が素直に受け入れるはずがない。それは彼女自身がよく知っていることだろう。
 だから、とカナードは心の中で呟く。
 自分がキラをあそこから解放してやるんだ。結果的に無理だとしても、その方法を探るぐらいは構わないだろう。
「カナード様?」
 どうかしたのか、とプレアが問いかけてくる。
「あぁ、すまない。あの森に入った瞬間感じた、殺気の主は誰だったのか。そう考えていただけだ」
 人の意志は、そこまで強く残るものなのか。
 それとも、あの男が特別だったのか。それが知りたい。そうも付け加える。
「でなければ、これから色々と差し障りが出てくるだろうからな」
 反乱分子を処罰した後、その後差し障りが出てくるようになるかもしれない。そう考えれば、迂闊な行動が取れなくなる。
 しかし、それではいけないのではないか。
 時として、非常とも言える対処を取ることも王であればしかたがないことだろう。カナードはそうも付け加える。
「そうですが……僕としては、そちらの方が特別だったのだ、と思います」
 邪法を使える存在だったからこそ、その妄執も強かったのではないか。普通の人間もそうだったなら、世界はとっくに混乱していたのではないか……と彼は付け加える。
「逆に言えば、それだけ強い妄執を持っている相手だからこそ、女神もその怨念を完全に浄化できなかったのかもしれません」
 むしろ、そう考えた方が自然ではないか。プレアはそう告げる。
「かもしれないが……だからこそ厄介かもしれないな」
 その事実が広まれば、とカナードはため息をつく。
 ただでさえ女神の存在を否定しようとしている者達がいるのだ。
 ある一点だけ、とはいえ、人間の意志が女神のそれを超えるとわかればどのような反応を見せるかわからない。
 だからこそ、それを消すか……でなければそれが広まらないように手を打たなければいけないのだ。
「取りあえず、劾が戻ってくる前に調べられることは調べておきたい」
 そのためには、また色々と本を探してきてもらわなければいけないが……とカナードはプレアに視線を向ける。
「あなたが大人しくしていてくださるのであれば、いくらでも」
 でも、と彼は真っ直ぐにカナードを見つめ返してきた。
「次に同じようなことをしたら、ただじゃすませませんからね」
 わかっていますか? と彼はすごむ。
「……わかった」
 どこまで実行できるかはわからない。だが、と思いながらもカナードは頷いてみせた。


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