キラに背中を突き飛ばされるようにして、カナードは森の外へと出た。
「また、来るからな」
 その瞬間、カナードが叫んだ言葉にキラは泣き出しそうな表情を作ったのではないか。だが、それを確認する前に彼女の姿は視界から消えた。
「……キラ……」
 それが寂しいと思うのはどうしてなのか。
 彼女と一緒にいたのは、本当に僅かな時間だというのに、ラクスとの別れと同じように感じてしまったのだ。
 それでも、また会おうと思えば会える。
 だから、と思いながら周囲を確認するように視線を走らせた。
「もう、夜だと?」
 長くてもほんの数時間しか経っていない。そう思っていたのに、周囲は既に宵闇に包まれている。
「……これは、まずいかもしれないな」
 どういいわけをしてもごまかしようがない。
 だが、とカナードは心の中で呟く。
「……これは、聞いていた話にない現象だな」
 と言うことは、森の中は時間が止められているのではなくゆっくりになっているのか。
「ともかく、帰ってから考えるか」
 ついでにいいわけも考えないといけないな。そう呟きながら彼は馬を置いておいた場所へと足を向ける。しかし、そこに到着する前に思わず森の中に逃げ込もうかと考えてしまった。
「やはり、ここにいたのか」
 だが、しっかりと劾に行く手を遮られてしまう。
「……心配したんですよ、カナード様」
 さらに半泣きになりながらプレアが抱きついてきた。
「悪かった」
 それに関しては謝っておこう。素直にそう思う。
「だが、絶対に反対されることは目に見えていたからな」
 自分の目で確認しなければ納得できない。何よりも、とカナードはため息とともに続ける。
「おばあさまの遺言だ。もし、俺が入れるようなら彼女に会ってこいと」
 この一言は嘘ではない。
「……そのような言葉は聞いたことがないが?」
 即座に劾がこう言い返してくる。それは当然のセリフだろう。
 だが、それに関しては自分の方に理がある。実際、それを盾に次には彼も引きずってこようと考えていたのだ。
「偶然、おばあさまの日記を見つけただけだ」
 それに書いてあった。そう付け加えれば、劾は苦虫をかみつぶしたような表情を作る。
「……それを見たら、自分でも衝動が抑えられなかった」
 むしろ、背中を突き飛ばされたような気がした、とそうも言葉を重ねた。いや、実際にそうされたのだが。ラクスや自分と違い、そちらに関しての才能を劾は持っていない。だから、どこまで理解してもらえるかわからないのだ。
「……ならば、なおさら一言言い残していくべきだったな」
 ラクスの性格を思い出したのだろう。額を抑えつつも、劾はこう言い返してくる。
「そうして邪魔をされろ、と?」
 確率としてはそちらの方が高かったのではないか。言外にカナードはそう付け加える。
「あの方の遺言というのがあったのであれば、俺だって考慮をした」
 不本意だが、と劾は言い返す。
「ともかく、詳しい話は戻ってから、だ」
 いつまでもここにいるわけにはいかない。周囲の者達に不審に思われるからな。こう言いながら、劾はカナードの襟首を掴む。そのまま、彼を馬の方へと引きずっていく。
「おい!」
 何をするのか、とカナードは文句を口にする。
「だだをこねるオコサマには、これが一番だ」
 第一、逃げ出されたら困るだろう? と彼は平然と付け加えた。
「誰が!」
 そんなことをするか、とカナードは叫ぶ。しかし、劾の手はゆるむことはない。
「今度勝手にいなくなられたら、僕は……」
 さらにプレアがこんなセリフを口にしてくれる。
「……別に、俺は……」
「あきらめろ。今日のお前が何を言っても行動が裏切っているだろうが」
 取りあえず、説教が先か? と劾がため息をつく。
「ついでに、おばあさまの日記を読ませてもらおうか」
 自分にもその権利はあるはずだ。そんなことも彼は付け加える。
「……全部読めるとは限らないがな」
 劾には、と悔し紛れに言い返す。
「どういうことだ?」
 読めないはずがないだろう、と確信しているのか。劾はこう聞き返してきた。
「所々、古代文字や神聖文字で書いてある。お前は、それを習っていないだろう?」
 そう言うところに重要なことが書いてあることの方が多いのだが……と付け加える。
「……それに関しては、お前に説明をして貰おう」
 でなければプレアか? と劾は言い返す。
「ともかく、城に帰ってからだ」
 言葉とともに劾はカナードを半ば引きずるようにして歩き出した。


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