目の前に、先日見たのと同じ光景が広がっている。
「問題は、これからだな」
 足を踏み入れても奥へいけない可能性があるのだ。いや、その可能性の方が高いと言うべきだろうか。
 それでも、と思いながら近くの立木に馬を縛り付けた。
「いいこだな。ここで待っていろ」
 その鼻筋をそっと撫でながら声をかける。同意をするように、馬は低い鳴き声を漏らした。
 それに満足そうに頷くとカナードはゆっくりと森の方へ歩み寄っていく。
 いったい、どこまで進めば答えは出るのだろうか。
 それ以前に、自分はこの中に足を踏み入れられるのか。
「アイマンのおじいさまは大丈夫だったが、それ以外の人たちはダメだったそうだからな」
 両親については知らないが、おそらくこの森に拒まれていたのではないか。もちろん、その方が普通なのだ。だから、あえて日記にも書き残されていないのだろう。
 こんなことを考えていたのは、自分がここに入れなかったときのことを考えていたからだ。
 それでも、体は灌木の中へと進んでいく。
「……藪こぎなんて、初めてだな」
 今までは誰かが代わりに道を造ってくれていた。それが当然だと思っていたが、ただ自分が甘やかされていただけかもしれない。その事実に気付いてしまった。
 しかも、だ。
 それは自分自身の力でそうされているわけではない。たまたま王家の人間として生まれたからだ。
 しかし、自分の生まれを変えることはできない。
「でも、知らないでいるよりも知っていた方がいいに決まっている」
 知らなければ、それが当然だと思いこんでしまう。その結果、自分が特別だと考えてはいけない。幼い頃からラクスにそう言われてきたことの意味を、今ようやく理解できたような気がする。
 そんなことを考えていたときだ。
 不意に目の前に空間が広がる。
「……外か?」
 そう呟きながら、周囲を見回す。だが、どこにも自分が知っている光景ではない。
 この国の全てを知っているとは言わないが、だが少なくとも森の回りだけは先日、自分の目で確認した。
 しかし、目の前のような光景は見た覚えがない。
「俺は……記憶力は悪くないつもりなんだが……」
 こう言いながら周囲を見回す。
 その瞬間だ。
「何、だ?」
 悪寒が背筋を走る。
 これは、間違いなく《殺気》だ。
 だが、誰もいないはずのこの場でどうしてそれを感じなければいけないのか。
「……これは……」
 自分の行動を逃すまいと絡みついてくる。隙あらば《自分》を殺して乗っ取ろうというのか。
 それとも、この《殺気》の持ち主が恨んでいるのはこの世界なのか。
 そう考えながら反射的に腰に差した剣に手を伸ばす。これで何が出来るとは思わない。だが、それでも自分の身を守るものだ、と言われてきたからほとんど条件反射のようなものかもしれない。
「どこだ……?」
 殺気の出所を掴もうと考えながら周囲を見回した。
「君! そこで何をしているの!!」
 しかし、それは飛び込んできた声で阻害されてしまう。
「……何と言われても……」
 ここがどこなのか、確認していただけだ。カナードはそう言い返しながら、声がした方向へと視線を向ける。
 その瞬間、カナードの動きは止まった。
「どうかしたの?」
 少女がこう言いながら首をかしげている。その周囲だけ空気の質が違っているような気がするのは錯覚だろうか。
「……キラ・ヤマト・アスハ……」
 だが、カナードの口から出たのはこんな言葉だった。
「僕を知っているの?」
 てっきり、もう、忘れられたと思っていたのに……とキラは小首をかしげてみせる。
「……俺は、あなたと同じ血をひく人間だから、な」
 そんな彼女に向かって、カナードはこう告げた。
「僕、と?」
「そうだ。俺の名はカナード……カナード・バルス・アスハ・ザラ」
 カガリ・ユラ・アスハとアスラン・ザラは父方の祖父になる。そう説明をすればキラは驚いたように目を丸くした。
「カガリとアスランの、孫?」
「……ついでに言えば、母方の祖父母はミゲル・アイマンとラクス・クライン、だ」
 こちらには数人、従兄弟もいる。さらにそう続けた。
「……そんなに、時間が過ぎていたんだね、外では」
 自分にはわからなかったけど、とキラは少しだけ悲しげな表情を作る。しかし、それはすぐに変化をした。
「でも……ここにいちゃダメだよ」
 君が彼等の血をひいているならば、なおさら。そう付け加えると、キラはカナードの腕を掴む。
「君は、ここに取り込まれるわけにはいかない」
 言葉とともに彼女はゆっくりと歩き出した。
「取り込まれる?」
 どういうことだ、とカナードは問いかける。それに、キラはある方向へと指さすことで答えた。
 そこには、人の姿をした岩のようなものがある。
「……あれは……ここに入り込んだ人間の末路か?」
 この問いかけに、キラはただ頷くだけだった。


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