目の前には、王家の者達の肖像画が数多く飾られている。その中に、先日なくなった祖母のそれも飾るように指示を出すべきだろうか。カナードは心の中でそう呟く。
「もっとも、おばあさまは王族ではないが、な」
 それでも、大賢者と呼ばれ、父母亡き後の自分をここまで育ててくれた。
 そう考えれば、ここに彼女とその夫の肖像画を飾っても構わないのではないだろうか。もちろん、それほど大きなものでなくていい。ただ、彼女が大切にしていた父方の祖父母、そして自分の両親の側にその姿をとどめておきたいだけだ。
「カナード様」
 そんな彼の耳に、侍従のブレアの声が届く。どうやら、自分を探しているらしい。
「ここだ」
 こう告げれば、すぐに軽い足音が響いてくる。
「よかった……探しましたよ」
 言葉とともに自分とは正反対の色彩を身に纏った少年が駆け寄ってくる。
「何だ? 俺がまたどこかに抜け出したかと思ったのか?」
 確かに前科はあるが、この時期にそのようなことをするようなバカではない。そう思いながら、カナードはすぐ側で立ち止まったプレアを見下ろす。
「そういうわけではありません。ただ、確認しなければいけないことが出来ただけです」
 貴方に、と彼は小さな微笑みを浮かべた。
「そうか」
 それならば、戻らなくてはいけないか。それはわかっていても、ここから離れがたいというのは本音だ。
「……ここは、何のための部屋なのですか?」
 不意にプレアがこう問いかけてくる。
「お前は、入ったことがなかったか?」
 いつも一緒にいたから、てっきり入ったことがあると思っていたのだが……と思いつつ問いかけた。
「はい」
 申し訳なさそうに彼は頷いてみせる。
「そうか」
 別に、お前が悪いわけではない……とカナードは言葉を返す。
「ここにあるのは、プラントとオーブの王族の肖像だ……おばあさまが結婚されたときに、こちらに移されたのだとか」
 建前上、二つの国はまだ別個に存在している。
 しかし、その王家の血をひくものは、現在カナード以外にいない。
 それならば、いっそ、国を一つにしてしまえばいいのではないか。
 そう考えたのは、一度や二度ではない。だが、祖母にその話をしたところ、小さな笑いと共に否定された。
『オーブの王家の方は、貴方だけではないのですよ。ただ……あの方は、決して王位につくことは出来ません。それどころか、決して人前に姿を現すことが出来ないのです』
 その言葉はいったいどういう意味だったのか。
 いや、その人はいったい誰なのか。
 祖母に問いかけても彼女は悲しげな笑みを浮かべるだけだった。
「こちらが、カナード様のご両親ですよね……僕も覚えてます」
 彼等が保護してくれていたから、自分はこうしてここにいられる。そうでなければ、とっくに死んでいたかもしれない……とプレアは何でもないようなことのように口にする。
「プレア?」
 それは事実だったかもしれない。
 特に、彼を保護した頃は数年来の飢饉のせいで、国内が荒れていた頃だ。
 それを少しでも解消しようと国内を動き回っていた両親が、王位簒奪を狙う者達によって暗殺されたのもその時期だと言っていい。
 もっとも、そのころ、まだかくしゃくとしていた祖父母の友人達がまだ幼かった自分を支えてくれたから、そのような者達を排除することが出来たのだが。
「あ……すみません」
 その時のことを思い出したのか。プレアが謝罪の言葉を口にする。
「気にするな。それに……お前はおばあさまの護衛をしてくれていた人の直系だというからな。父上も、その人に剣を教えて貰ったとも口にされていた」
 両親にとっても、彼等は大切な人だったのだろう。だからこそ、プレアが一人残されたと耳にした後、即座に彼を引き取ると決めたのではないか。
「それに……俺もお前がいてくれてよかったしな」
 信頼できる人たちはいた。
 それでも、弱音を吐き出せるものは彼しかいなかったように思う。
「そう言って頂ければ嬉しいです」
 プレアはこう言って微笑む。
「お懐かしいです」
 そのまま、視線をカナードの両親の肖像画へと向けた。
「あの隣の方々がアスラン様とカガリ様ですよね」
 ふっと、プレアはこう問いかけてくる。
「そうだと、先日亡くなられたおばあさまが教えてくださったが……」
「やはり。祖父がよく話してくれたお姿そのままです」
 事情があってお側を離れたが、それでもやはり彼等は自分たちの主君なのだ。そう言って懐かしそうな表情をしていた、とプレアは微笑む。
「そうか」
 その表情がとても幸せそうで見ている自分までほっと出来るな。そう考えていたときだ。
「あの絵の方は? どなたでしょうか」
 アスランとカガリの隣、ヴィアの肖像画の下にかけられていた小さな額を指さしてプレアは首をかしげる。
「……あれは……おばあさまの双子の妹君だ、と聞いたな」
 そう言えば、自分も詳しいことは知らない。そもそも、彼女の消息ですら知らないのだ。
 ひょっとして、この国のどこかに彼女の子孫がいるのだろうか。だとするならば……とカナードが考えたときである。
「では……あの方が《贖罪の姫君》なのでしょうか……」
 プレアがこんな呟きを漏らす。
「それは、何だ?」
 その話を自分は知らない。だが、それを知らなくてはいけないような気がする。だから、と口を開こうとしたときだ。外から自分たちを呼ぶ声が聞こえてくる。
「ちっ!」
 行かなければいけないだろう。それが自分の義務だ。だが、それが忌々しいと思ったのはこれが初めてだった。


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