空の彼方の虹
01
その姿を見た瞬間、キラは反射的に身を強張らせた。まさかここで再会するとは思わなかったのだ。
でも、と心の中で付け加える。今の自分の姿を見て記憶の中の存在と結び付けられるだろうか。似ているとは思っても同一人物だとは認識しないように思う。いや、そうあってほしいというべきなのか。
「怖がらないで。民間人には何もしませんから」
中を覗き込んでいたメンバーの一人がそう呼び掛けてくる。
だが、それに素直にしたがっていいのだろうか。
彼の隣にいる《彼》の視線が自分に突き刺さる。それは残りの二人も似たようなものだと言っていい。それでも《彼》の視線が一番、怖い。
キラは反射的に身を縮める。
「だめですよ、みんな。小さい子を怖がらせちゃ」
ただ一人、彼だけがキラのそんな気持ちに気づいてくれる。
「……だが、いつまでも俺たちが張り付いているわけにもいかないぞ」
何があってもおかしくはないからな、と《彼》が言った。
「わかっていますよ、アスラン。でも、どう見ても、怖がっているようですが?」
この子、と少年の方が言う。
「……それは否定できないな」
そう言ったのは、一番体の大きな少年だ。いや、すでに青年なのだろうか。
「ここはニコルに任せて、俺たちは報告に行った方が良いんじゃね?」
彼はさらにこう付け加える。
「ディアッカの言う通りかもしれんな」
もう一人もこう言ってうなずく。
「特に、お前は目つきがきついからな、イザーク」
そうすれば、即座にディアッカは言い返す。これで、四人の名前がわかった。だからといって、現状を打破できるわけではないが。
「君のお名前も聞いていいですか?」
そう考えていれば、ニコルのこんな呼びかけが耳に届く。
どうしようか、と一瞬悩んだ。
ごまかせば、この場はごまかせるかもしれない。しかし、それでは後々厄介になる。それに、自分の名前はオーブでは決して多くはないが少ないわけではない。だから、と開き直ることにする。
「キラ……」
それでも、どうしても声が小さくなってしまう。だが、アスランにはしっかりと耳に届いたのか。身を乗り出してくる。
彼のそんな反応に、キラは反射的にシートへとすり寄る。
「キラ・バルス、です。IDはアメノミハシラに……」
あります、と続ける声がさらに小さくなった。もちろん、理由はアスランだ。
「……キラ・バルス? ヤマト、じゃないのか?」
彼は即座にこう言ってくる。
「お前は……本当に《キラ・ヤマト》ではないのか?」
さらに彼は一歩前に出ると言葉をぶつけてきた。
「……違います……」
少なくとも、今は……と心の中だけで付け加える。
「アスラン、落ち着いてください! ともかく、キラ君に外に出てもらわないといけませんから」
言葉とともにニコルはディアッカ達へと視線を投げかけた。
「そうそう。聞きたいことは、そいつが落ち着いてからな」
それを受けて、ディアッカはアスランの腕をしっかりとつかむ。
「先にやるべき事を終わらせろ」
彼の反対側をイザークがつかんだ。
「後は任せたぞ」
さらに彼はそうつげると、アスランをつかんだまま移動を開始する。もちろん、ディアッカも一緒だ。
「放せ! 俺には確認したいことがある!」
「だからといって、相手を怖がらせては意味がないだろう?」
アスランをいさめるようなディアッカの声が次第に小さくなっていく。
「ごめんね。普段はこんなことはないんだけど」
アスランのあんな言動は初めて見た、とニコルは言う。それに、キラは小さく首を縦に振って見せた。
「ともかく、出てきてくれる? ここだと、何があるかわからないから」
アスランはもういない、と彼は表情だけで続ける。
確かに、ここにいては他の者達の迷惑になるだろう。それに、このままでは対処のとりようがない。
「はい」
そう判断をして、とりあえず立ち上がる。それでもすぐに次の行動に移れなかったのは、アスランが戻ってくるかもしれないと思ったからだ。
彼の方は、自分がこんなに彼のことを怖がっているとは考えてもいないだろう。いや、怖がっているのは彼ではない。彼の父親とその関係者だ。
「大丈夫。何があっても僕が責任を持って君を保護してみせるから」
動きを止めたキラに向かってニコルが微笑む。
今はその言葉を信じるしかない。キラは心の中でそう呟くと床を蹴る。
同時に、少しでも早く、彼らと再会できることを祈るしかない。そう心の中で呟いていた。