「……キラは?」
 こう言いながら、フラガが中に入ってくる。
「今、シャワーを浴びています」
 手にしていたドリンクの器をテーブルに置きながら、フレイは言葉を返してきた。
「そうか……」
 じゃ、顔を見に行くか。そういいながら、フラガがシャワーブースの方へ行こうとする。
「……セクハラ、する気、ですか?」
 そんな彼に向かって、フレイはこんな言葉を投げつけた。
「おいおい、お嬢ちゃん……」
 何で、セクハラになるんだよ……とフラガは即座に言葉を返してくる。
「だって、少佐ですもの」
 可愛ければ、女性じゃなくてもかまわないって、そうおっしゃったそうじゃないですか! とフレイは彼に向かって指を突きつけた。
「……それは……」
 何で知っているんだ、とフラガは呟いている。
「バジルール中尉にお聞きしました! だから、密室内でキラと二人にするなって。マードック曹長にも話が行っているはずです!」
 キラが戦えなくなったら、どうするんですか! とフレイはさらに言葉を重ねた。
「……坊主が戦えなくなるって……」
 何を心配しているのか、とフラガが真顔で問いかけてくる。
「そんなもの! ご自分の胸に手を当てて考えてください」
 それとも、全部赤裸々に言って欲しいのか、とフレイは怒鳴った。それなら、バジルールあたりも呼び出して、徹底的に話をさせてもらうが、と彼女は開き直ったような口調で言葉を重ねる。
「……それは……遠慮したいな」
 個人的に、女の子にはまだそれなりの夢を持っていたいんだけど……と訳のわからないセリフをフラガは口にした。
「あたしは、少佐のせいで大人の男性に対する夢を打ち壊されましたけどね」
 フレイは即座にこう言い返す。
「それとも、地球軍の英雄といった方がいいのかしら」
 もう少し人格者だと思っていたのに……とフレイはわざとらしいため息をついてみせる。
「まぁ、俺としても人間だから、な」
 外でどのような評判を得ているのかは知らないが、これが普通だぞ……と彼は胸を張った。
「そういう問題じゃないです」
 それに対し、フレイはきっぱりと言い返す。
「今、一番重要なのは、キラの精神状態ですから」
 ただでさえバカが多いのに! とフレイは付け加える。その瞬間、フラガの眉が寄った。
「……やっぱ、アホが出たか」
 マードックには注意しておくように言っておいたんだが……やはり、目が離れるとダメか、と彼はため息をつく。
「知ってたの……」
 フレイの声が、オクターブ低くなる。
「お嬢ちゃん?」
 どうかしたのか、とフラガがフレイの顔をのぞき込んできた。その瞬間、フレイは遠慮泣く彼の頬を平手で叩く。
「最低!」
 そして、最大声量でこう叫ぶ。
「……おいおい……」
 何で、とフラガが呆然としながらフレイを見つめている。どうやら、フレイの力程度では彼には何の衝撃も与えられなかったらしい。せいぜい、頬に手形を付けられた程度だ。
「知っていて、何もしないなんて……結局、少佐もキラをただの道具としか思っていらっしゃらないんでしょ!」
 だから、放っていたに決まっている! とフレイはさらに怒鳴る。
 もちろん、それが全てではないことはよくわかっていた。
 だが、とフレイは心の中で呟く。
 自分は知らなければいけないのだ。
 本当の意味で、彼を信頼していいのか。それ次第で、今後の対応を考えなければいけない。
 他人の選別……と言っていいそんなことをキラにできるはずがないことは、最初からわかっていたことだ。だからこそ、その役目をするために自分は努力をしてきたのだ。
 もっとも、フラガも一騎当千の軍人だ。
 自分の判断がどこまで確実と言えるかわからない。それでも、あの人が『大丈夫』と太鼓判を押してくれているのだから、少なくともまったくあてにならないというわけではないはずだ。
 自分をはげますようにフレイはこう心の中で呟く。
「キラが、それで泣いているって言うのに!」
 それなのに、といえばフラガは困ったように頭をかいた。
「そう思って、一応確認に来たんだが……お前さんがいたからな」
 先に、別口を片づけてきただけだ……と彼は口にする。
「取りあえず、あいつらに関してはもう、キラのことはあれこれ言わないと思うが」
 次に言ったら、遠慮なく放り出してやるさ……とフラガは笑う。
「少佐?」
「現状で言えば、俺はキラの味方のつもりなんだがな」
 少なくとも、今のままのキラにいて欲しいとそう思っている、という言葉は間違いなく彼の本心のように感じられた。
「……わかりました。でも、セクハラは禁止ですからね!」
 そんなことをしたら、本当にただではすまないから……とフレイは念を押す。
「しかたがなぇな」
 しかし、ひょっとして自分は殴られ損なのだろうか。そういうフラガの言葉を、フレイは綺麗に無視をする。
「キラ! ちゃんと髪の毛はかわかしなさいって、いつも言っているでしょ!」
 それよりも、こっちの方が重要だ。そう考えながら、フレイはタオルとドライヤーを用意するために走り出した。



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最遊釈厄伝