少し遅れて、オーブからウズミの無事が知らされた。 その後、プラント最高評議会とオーブ、そしてアズラエル達の間でどのような話し合いがもたれたのか、キラにはわからない。 だが、彼等であればまちがいなく世界を平和へと導いてくれるだろう。そう信頼していたことも事実。だから、キラはずっとミゲルの側にいた。 「……行かなくていいのか?」 そのことが、気になったのだろう。ミゲルがこう問いかけてくる。 「必要があったら、呼びに来るって……でも、僕が出て行ってもできることはないから」 政治の話はわからないし……とキラは苦笑を返す。 「まぁ……そういわれてしまえばそうなんだけどな」 確かに、政治のことはわからないか……とミゲルも頷く。 「それに……何か、最近、知らない人が声をかけてくるようになったし……フレイ達に相談したら、ミゲルの側にいろって言うから」 さらにキラがこう言えば、ミゲルの表情が少しだけ強ばる。 「……そっちの方が問題か」 なら、確かにここにいてくれた方が安心できるよな……と口にしながらミゲルはキラの手に触れてきた。 「ミゲル?」 どうかしたの? とキラは問いかける。 「……子守歌でも、歌ってくれないか?」 時間があるならかまわないだろう? と彼は笑いかけてきた。 「うん。いいよ」 本当はミゲルの方が上手なんだけどね、とキラは苦笑を浮かべる。それでも、聞いているのが彼だけで、しかも自分の声を好きだと言ってくれているからかまわないだろう、と思うのだ。 これがラクス相手であれば、どれだけ頼まれても絶対に歌わないけど……と心の中で呟きながら、キラはゆっくりと旋律を唇に乗せた。 それは、自分が知っている中で一番やさしいメロディだとそう思う。 だからこそ、大切な相手にだけ聞いて欲しいのかな。そんなことを心の中で呟いていた。 何よりも、ミゲルがこれを好きな理由がそれかもしれない。 だから、とキラは彼にせがまれるままに繰り返す。 そうしているうちに、気が付けば彼の唇からは寝息がこぼれ落ちていた。それでも、彼の指はキラの手首を捕らえたままだ。 「……点滴に眠くなる薬も入っていたのかな?」 こう呟きながらも、キラはそっと体勢を変える。 「でも、疲れているのも事実だよね」 今まではきっと気が張っていたのだろう。だが、もう離れ離れで行動することはないし、何よりも戦わなくていい。表に出ることもないから、きっと気がゆるんだのではないか。 そんなことを考えていたときだ。 静かにドアが開かれる。 「フレイ? ミゲルは今眠ってるから……」 お小言があるなら後にしてね……と付け加えながら、キラは何気なく視線を向けた。しかし、そこに立っていた人物の姿を目にした瞬間、それ以上の言葉は声にならない。 「……アスラン……」 代わりに、彼の名を口にしていた。 キラの手首を、ミゲルの指がしっかりと掴んでいる。 それが彼女の所有権を主張しているような気がして、少しだけ気に入らない。それでも強引にでもそれを振り払いたいとまで思わないのは、きっと、彼がどれだけキラを愛しているかを目の当たりにしてしまったからだろう。 「……アスラン……」 キラがそっと彼の名を口にした。声が抑えられているのは、まちがいなくミゲルを起こさないようにという配慮のためだ。 「話をしたかったんだ、キラと」 しかし、それを忘れてしまうくらい、キラの歌声に聞き惚れていたことも事実だ。 それがとぎれたところでようやく我に返ってこうして彼女の前へと足を進めることができた。 「……話し?」 何の? とキラは首をかしげている。 「何って、キラ……」 まさかこんな反応をされるとは思わなかった。そう思いながら、アスランは言葉を口にしようとする。 しかし、うまく言葉が出てこない。 それはきっと、キラがミゲルを見つめるときの視線に気付いてしまったからかもしれない。 「さっき、キラが歌っていた曲が懐かしかったから」 それでも、何かを言わなければいけないだろう。そう思って、アスランはとっさにこう告げる。 「そうだね……アスランも、よく、家に泊まってたから、聞いていたよね」 母さんがよく歌ってくれていたから……とキラは微笑む。その微笑みはどこか悲しげで……だからこそ、とても綺麗に見えた。 「頼んだら、俺にも、歌ってくれる?」 それは、キラが全てを受け入れて自分の魅力に変えているからだろうか。 宝石の中にも傷つけば傷つくだけ美しい輝きを増すものがあるという。ひょっとしたら、キラもそういう存在なのかもしれない。 だが、それはとてももろい宝石だ、とも聞いている。 「……ごめん、アスラン。もう、ミゲル達にしか歌わないって決めたんだ」 キラがやさしい微笑みとともにやんわりとした拒絶を口にした。 「キラ?」 「アスランには、もっとアスランのことを必要としてくれている人がいるよ」 だから、その人にお願いして……とキラはさらに言葉を重ねてくる。 「……俺にとって、必要なのはキラだ……と言っても?」 「きっと、それはアスランの思いこみだよ」 柔らかい口調だが、きっぱりとキラは言い切った。 「だから、いい加減、目を覚まして? 幼なじみとしてのアスランは大切だけど……それ以外の存在にはならないから」 「キラ」 「……ごめん、アスラン」 それがキラの結論なのだろう。そして、キラがどれだけ頑固なのか、自分はよく知っている。 「……わかったよ、キラ……」 諦めたくない、と思いながらもそれ以上に嫌われたくないという気持ちの方が強い。だから、こう言うしかないアスランだった。 |