戻ってきたキラはどこか嬉しげに見える。そんな彼女に、ミゲルがさりげなく手を貸していた。
 月にいた頃は、それは自分の役目だったのに。
 それなのに、今のキラはミゲルの行動を当然のように受け入れている。いや、それは彼だけではなく相手がフレイでも他の人間でも同じ事だ。
 キラの隣にいるべきなのは自分ではないか。
 そんな気持ちがアスランの中でくすぶっている。
 もちろん、そもそもの原因は自分が彼女から離れてしまったせいだ、というのはわかっていた。
 もし、あの時、キラ達を連れて帰ることができていれば、彼女は自分だけを見つめていてくれただろうか。
 今更言ってもしかたがないことではある。それでも、そういわずにいられないのは、きっと自分がキラの中で『その他大勢』と同じになってしまったからだろう。
 自分はどんなときでもキラにとっての《一番》でいたかったのだ。
「……これを独占欲と言うなら、勝手に言えばいい」
 今の自分がいるのは、キラに対するこの気持ちがあったからだと言い切れる。だから、自分にとっては彼女が必要なのだ。
 でも、キラにはそうでなかったのか。
 目の前のキラの様子を見ていればその事実をあからさまに見せつけられる。
 自分と再会してからのキラは、困ったような視線しか向けてこない。
 口元に笑みは浮かべていたが、それも昔見せてくれていたような満面のものではなかった。
 その事実が悔しくて彼女と話をしようと思っていたのだ。きっと、話をすればわかってもらえるはずだ、と信じていたことも事実。もっとも、他の者達の邪魔でそれは果たせたことがない。
「キラが笑ってくれるなら……それだけでいいんだ、俺は」
 他の連中なんて知らない、とそう思う。
 それでも、現実は否定できない。
 今、キラが一番綺麗だと思える微笑みを向けるのはミゲルだ。そして、彼女が安心したような微笑みを向けているのは――その名前を思い出すだけでも忌々しいが――フレイだと言っていい。
 他にも、ニコル達やあのナチュラル達にも同じような笑みを向けている。
 もっとも、その原因が、自分が彼女を追いつめるようなことをしたという点にもあるだろう。
 キラとミゲルの側に駆け寄って、あれこれ話をしているニコルを彼女のせいで『失った』と信じ込んだときに自分がどのような行動を取ったのか、アスランは明確に思い出せる。そのせいで、自分がキラの大切な存在を殺してしまったことも、だ。
 だが、その感情もキラの錯覚ではないか。アスランはそう思っていた。
 自分が側にいなかったから、キラは代わりになる人間を捜していた。そして、その条件にあったのが、キラの言う《友達》だったのではないか。こう考えていたのだ。
 しかし、今は違う。
 彼等と出会ったときにはもう、キラの隣にはミゲルがいた。そして、もう一人、まだ自分が会ったことがない《誰か》もだ。
 キラは自分の代わりにその二人に甘えることを覚えてしまった。
 さらに、その二人にはできないことはフレイがフォローしている。同じ性別を持った彼女であれば、男にはわからないようなことも気付いてやれるのだろう。そして、そのフォローがあったからこそ、キラは先日まで《男》として暮らしていられたのではないか。
 だから、キラにとってもう自分は必要ではないのかもしれない。
「そんなことはあるはずがない……」
 キラにとって、自分が……と思う。
 しかし、それをどうやって確認すればいいのだろうか。
「難しいな」
 相手がミゲルでなければ、もう少し強引な手段を使えるのかもしれない。しかし、相手は彼では難しいと思う。
 ミゲルがどれだけ凄い人間なのか、自分もわかっているのだ。
 彼と比べれば、自分はまだ未熟だという自覚もある。
 それでも、いつかは……と思いたい。だから、そのためのきっかけだけは残しておきたいのだ。
 それが無謀な願いだとは思っていない。
 だが、とアスランは心の中で呟く。ラスティの言葉だけは引っかかる。
「俺は……キラを……」
 しかし、口にしようとした言葉は最後まで声にならなかった。

「しかし、核攻撃か」
 キラ達の報告を耳にした瞬間、バルトフェルドだけではなくキサカもラミアスも顔をしかめる。カガリにいたっては、反射的にシートを殴りつけていたほどだ。
「あの悲劇は……二度と繰り返してはいけないんです」
 キラの言葉に、誰もが頷く。
「悲劇は、私たちが断ち切ろうとしている連鎖をまたつないでしまいます。だからこそ、私たちはそれを止めなければいけません」
 幸か不幸か、前回とは違って自分たちには事前に備えるだけの時間がある。それでも、と彼女は付け加えた
「獅子身中の虫がいる以上、あちらも万全ではないはずです。それでも……逆に考えればこれが好機だと言うことも否定できません」
 自分たちの姿を見てもらえれば、あるいは自分たちの言葉に耳を貸してくれるものが出てくるかもしれない。彼女はそういった。
「新たな悲劇を望んでいるのは一部の者達だけだ、と信じて頂けるでしょう」
 そして、二つの種族ともに平和を望んでいるのだ、とも……とラクスは口にする。彼女の言葉を聞いているとそれが真実だと考えたくなるのは、彼女が言葉の力を知っていて、その使い方を学んできたからだろう。
 同じように言葉だけで世界を動かせるかもしれないアズラエルの口調を思い出しながら、キラはそう考える。
「そのためには、私たちが動かなくてはいけません。個人個人のくだらないこだわりは、今は捨ててください」
 そういいながらラクスはアスランへと視線を向ける。
「ラクス?」
 何が言いたいのですか、とアスランは彼女に問いかけてきた。
「本当におわかりになりませんか?」
 ふわりと微笑みながら、ラクスが言葉を返す。その言葉に刺が含まれていることにキラですら気付いてしまった。
「……そんなに俺が信じられませんか?」
 アスランも負けじと棘を含ませた声音で言葉をはき出す。
「確認しただけですわ」
 信頼していないが、魔が差すと言うことがあるだろう……とラクスは微笑んだ。しかし、それはあくまでも口元の形だけで、メモとはまったく微笑んでいない。それが恐い、と思う。
「……ご心配なく。相手がナチュラルの誰かであればそういうこともあるかもしれませんが、相手がミゲルでは無理です」
 この言葉に、ミゲル本人が苦笑を浮かべる。
「何か……好かれているのか憎まれているのか、わからないセリフだな」
 もっとも、自分だってそう簡単に死ぬつもりはないが……と彼は付け加えた。
「ついでに、お前にキラを渡す気もないから」
 まったく、と彼は笑う。
「……今は、それでもかまわないさ」
 キラさえ笑っていてくれれば……と口にするアスランがどのような気持ちでいるのか。キラにもわからない。昔はもっと手に取るようにわかったような気がするのに、とも思う。
 だが、それは自分たちが別々の道を歩き出しているからだ。
 それをアスランも気付いてくれたのならばそれでいい。そうも考えてしまうキラだった。



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