「わかっているわね、キラ。絶対に、生きて戻ってくるのよ?」 肩に付くくらいにのびたキラの髪をそっと結んでくれながら、フレイはこう言い切る。 「うん。わかっているよ、フレイ」 鏡越しに、キラは微笑み返す。 「そうしたら、一緒に買い物に行ってくれるんでしょう?」 自分は女性用の服や何かを持っていないから、彼女に付いてきてもらって選ぶのを手伝ってもらう。そう約束をしていたのだ。 「もちろんよ」 任せておいて、とフレイもまた鏡越しに笑い返してくれた。 「これで大丈夫よ、キラ」 そして手を離してくれる。 軽く上げられた髪が動いても大丈夫なのか……と確認するために軽く頭を動かしながら、キラは立ち上がった。さすがはフレイ……とは言うべきなのだろう。かなり無理な動きをしても――とは言っても、コクピットの中ではそう大きく動くことはできないが――引っ張られることはなさそうだ。 安心しながらもキラは思わず首筋に手を当ててしまう。 「何? 気になるの?」 キラの動きを見たフレイがこう問いかけてくる。 「じゃなくて……何か、首元がすーすーするから」 こういう風に髪をあげるのは初めてだし、とキラは言い返す。 「あぁ、そういうこと」 すぐになれるわよ、とフレイはキラの肩をそっと叩いてくれる。 「これから、そうやって髪をあげる機会も多くなるわよ」 服装によっては、そういう髪型の方が似合うことも多いから……と彼女は明るい口調で付け加えた。 「まぁ……それに関しても私が教えてあげるから大丈夫だけど」 ね、と彼女は微笑みながらキラを見上げてくる。 「そうだね」 フレイは全てが終わっても側にいてくれるものね、とキラは言い返す。 「後は、ミゲルにオルガもよ。おじさまの許可は取ってあるもの」 その他にも、どうせカガリやラクス達も押しかけてくるに決まっているわ……とフレイは口にしながら、そっとキラの頬に手を添えてきた。 「みんなで幸せになるんだからね、キラ」 「もちろんだよ」 だから、フレイも気を付けて。キラはそう言い返す。 「当たり前でしょ」 あたしは全力で幸せを掴むの。その中にはあんたの存在も入っているんだからね! といつものように胸を張って口にするフレイに、キラは思わず微笑んでいた。 出撃前は、いつでも緊張するものだ。 だが、今回は特別かもしれない。 「成功すれば……今回が最後の出撃になるかもしれないしな」 しかも、戦争そのものが終わってくれるかもしれないのだ。いつもと違う空気が周囲に漂っていたとしてもおかしくはないだろう。 「まぁ、俺は慣れているからいいとしても……問題はあいつか」 もちろん、それはこの場にいるもう一人の同僚を指しているわけではない。他の艦にいる仲間達も同様だ。 彼等は、短かったとはいえきちんと訓練を受けた《軍人》だ。だからこんな雰囲気をうまく乗り越えることも可能なはず。 しかし、自分たちの大切な少女は違う。 同じような場面に遭遇するたびに、彼女は不安に震えていた、と聞いている。 「まぁ……フレイがついているから大丈夫か」 彼女はずっとキラの側にいた。そして、不安定になりそうな彼女の心を支えてくれていたのだ。フレイはキラのためにカウンセリング関係の資格まで取っているらしい、と十分にあり得そうな話まで耳に届いている。 だから大丈夫だろう、と思う。 思うのだが……と心の中で呟きながら、ミゲルはゆっくりと視線を移す。そこには宵闇の髪をうるさそうにかき上げている少年の姿が確認できる。 「問題は、お前だよ、アスラン」 キラに対する気持ちが、もっと穏やかでやさしいものであれば、自分だって彼女の側に近寄ることは許可しただろう。その結果、キラが彼を見たとしてもしかたがない。その時は、自分の全てをかけて取り戻せばいいことだ。そう考えていた。 しかし、アスランはそうではないらしい。 キラの現状は間違っている。 そう言い切った……という話すら聞かされていた。 今のキラが『間違っている』なら、そんなキラに救われた自分たちはどうなるというのか。そして、彼女の存在にひかれて集まってきた者達も間違っているというのか、とそう問いかけたい。 もっとも、そんなことをする時間も惜しい、というのは事実だ。 だから、とミゲルは小さな笑いを漏らす。 「後で、年長者にじっくりといたぶられるんだな、アスラン」 ついでにラクスも加わりそうだよな……とそう思う。 「ミゲル?」 そんな彼の耳に愛おしい少女の声が届いた。 「どうしたの?」 そのまま細い体が抱きついてくる。 「ちょっと考え事をな」 していたんだ、と口にしながら、そっと彼女の体を移動させた。そして、自分の膝の上へと座らせる。 「考え事?」 何、とキラは彼の顔を見上げてきた。 「この戦いが終わったら、キラに何か歌ってもらおうかと思ってさ」 何がいいかを考えていただけ……とミゲルは笑う。 「僕よりもミゲルの方が上手なのに」 キラがこう言い返してくる。 「でも、俺はお前の歌の方が好きだから……だから、歌ってくれるよな?」 この言葉に、キラは少しためらった後、小さく頷いてくれた。 |