はっきり言って――いや、はっきり言わなくてもわかるか――怒っているよ……とディアッカは心の中で呟く。しっかりとその感情が表情に表れている彼は、変わっていないんだな、と少しだけ安心もした。
「……それで?」
 しかし、イザークの方はそうでもないらしい。必死に怒りを押し殺しているとわかる口調でこう問いかけてくる。
「ですから……ミゲルの離脱自体が、計画されていたことだそうです」
 もっとも、タイミングとその理由は予定外のことだったようだが……とニコルは彼に向かって口にした。
「それと、あの方がストライクに乗ることになった、と言うこともです」
 その後のことは、貴方もそれなりに知っているだろう……とニコルは問いかける。それに関しては否定できない事実だから、と渋々ではあったが、イザークも首を縦に振って見せた。
「ですが、あの方があちらでどれだけ辛い思いをされてきたかまでは知らないでしょう?」
 それだけ苦しい立場にあったのだ……とニコルは表情で告げてくる。
「だったら、なぜ!」
 そういう状況であれば! とイザークは口にしようとした。
「……お前だったら、民間人を見捨てられるか?」
 だが、それよりも早くディアッカがこう問いかけてくる。
「民間人?」
 民間人と言えば、キラをはじめとした協力者達もそうだろう。だが、ディアッカの表情から判断して彼女たちのことではないらしい。
「そうだ……あの時点では、彼女たちの他にも、もっと多くの民間人が乗り組んでいたそうだ」
 さらに付け加えられた言葉に、イザークは引っかかりと覚える。
「……あの時点?」
「俺たちが、地球に落っこちる前に地球軍と交戦していただろう?」
 その時までは、あの艦に民間人が保護されていたのだ、とディアッカは口にしながら、視線をそらす。それは、その後の言葉を告げていいものかどうか悩んでいるときの彼の仕草だ。
「その後、どうなったんだ?」
 いらいらする、と思いながら、イザークは問いかける。
「その前にイザーク」
 ニコルが口を挟んできた。
「おい……」
「隠しておいてもいい結果は出ませんよ。イザークの性格ならなおさらです」
 だったら、最初に話しておいた方がいい。それで彼がつぶれるならその時はその時だ、と本人を目の前に好き勝手を言ってくれる。
「……お前、最近、ますますラクス様に似てきたぞ」
 ため息をつきながら、ディアッカがこう言い返す。
「毎日、観察させて頂いていますから」
 彼女とフレイがタッグを組んで、アスランとやり合っている様子を……とニコルは微笑み返した。
 それは何なのか……と問いかけたい。しかし、聞いてはいけないような気がしていることも事実。だから、あえてイザークはそれに関しては口をつぐんでいた。
「そうか……まだ、諦めないのか、あいつは」
「諦めてくれていれば、ものすごく楽なんですけどね」
 それに関しては、本気で策を練ります! と口にしたときのニコルの表情が恐い。内心そんなことまで考えてしまう。
「と言うわけで、それに関しては脇に置きます。ラスティとも相談しないといけないですしね」
 もう一人のくせ者の名前を口にすると言うことは、本気なのだろう。
「……それで? 話はまとまったのか?」
 ともかく、本題に戻さなければいけない。そう判断をして、イザークは口を挟む。
「あぁ、そうだったな」
 忘れていればいいものを……とディアッカは呟く。しかし、ニコルは真っ直ぐに彼を見つめてきた。
「……イザーク」
 そして、ゆっくりと口を開く。
「あの時、貴方は先に降下しようとしているシャトルを撃墜しませんでしたか?」
 この問いかけに、イザークは微かに考え込む。だが、確認しなくてもまちがいなく自分の中に答えはあった。
「先に逃げ出そうとした卑怯者のシャトルなら撃ち落としたぞ」
 軍人でありながら、そのような行為をするのは認められないだろうが、と彼は力説をする。しかし、ニコルから帰ってきたのは、あきれたようなため息だった。
「貴方がそう言う人だとは知っていましたが……傷病兵の可能性は考えなかったんですか?」
 それを見逃す程度の余裕はなかったのか……とも。
「だが、戦えなかろうと軍人が軍人だろうが」
 それがどうした、とイザークは言い返す。
「……では、それに乗り込んでいた人たちが軍人でなかったとしたなら、どうするんですか?」
「何を……」
 あそこに民間人がいるはずがない……と言いかけてイザークは言葉を飲み込む。
 つい先ほど、ニコル達がアークエンジェルに民間人が乗り込んでいたと言っていたばかりではないか。
 そして、自分が指揮官であったなら、あの場合彼等をどうするだろうか。
「……って、まさか……」
 その可能性に気付いた瞬間、イザークは息をのむ。
「そのまさか、だよ」
 ディアッカが深いため息とともに頷く。
「貴方が撃ったシャトルは……民間人をあの戦場から逃がすためのものでした」
 それでも、イザークはキラを非難できるのか……とニコルは問いかけてくる。
 彼の言葉に、イザークはすぐになにも言い返せない。
「……確かに、俺のミスだな」
 あの時、ストライクを落とせなくていらついていたことは否定できない事実だ。そして、その鬱憤をあのシャトルに向けたことも、だ。
「それに関しての謝罪は後でいくらでもする。今は……お前達の思惑に乗ってやろう」
 この戦争が終わるまでの猶予は欲しい、とも彼は続ける。
「……この素直さの十分の一でも、あの人にあれば、ね」
「姫も苦労しないんだろうな」
 二人が誰のことを言っているのか、イザークにもわかってしまう。
「あんなのと、同列にするな!」
 思わずこう怒鳴ってしまう彼に、二人は盛大に笑いを漏らしていた。



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