ある意味、そんな平穏とも言える時間は長くは続かない。
「……ラウ兄様から?」
 信じられないと、キラは呟く。
「残念だが、あっちからもその事実を確認したって言ってきたぞ」
 おそらく、近いうちに動きがあるだろう……とミゲルが口にした。その言葉に、誰もが息をのむ。
「ミゲル……」
「何があっても、もう本国に核を撃たせてはいけない。それだけは事実だ」
 だからこそ、あちらも危険を承知でこちらに連絡を入れてきたのだし、とミゲルは微笑む。
「それはわかっているけど……」
 だが、彼等がまだ完全に人々の心を掌握できていないからではないか。そうも思う。
 それは、まだ彼等が危険の中にあると言うことではないか。
「心配はいらない。あの人にしてみれば、ぎりぎりまで連中の弱みを握ってくるつもりに決まっているだろう?」
 何せ、あのフレイの血縁だ。そういうところは抜け目がないって……とミゲルは笑う。
「フレイの奴、口の達者さはともかくあの罵詈雑言の豊富さはそっくりだぞ」
 それを最近は全部一人の人間にぶつけているけどな……と付け加えた彼の言葉に、その場にいた誰もが苦笑を漏らす。
「その上、ラクス様のさりげないイヤミに、カガリ姫の実力行使だろう? よく壊れないよな、あいつ」
 感心したように呟いたのはラスティだ。
「そのくらいで壊れるようなら、とっくの昔にキラさんのことを諦めていると思いますよ」
 あきらめが悪いにしてもほどがある……と手厳しい評価を下しているのは、当然ニコルだ。
「だからといって、二人だけで話をさせるわけにはいかないよな。あの純情君じゃ、思いこみが酷すぎて、何をしでかすかわからないし」
「ですよね。妙なところできまじめだから、困るんです」
 だから、そういう問題なのか……とキラは言いたくなる。もっとまじめな話をしていたはずなのに、どうしてアスランの批評になるのだろうか。
「あきらめの悪い純情君はもう一人いるが、あっちの方は、自分の立場を楽しめる余裕があるからな。かなりマシだよな」
 ふられるのさえ楽しんでいるし、と言われている相手が誰なのか、ようやくキラにもわかった。
「ともかく、だな」
 不意にバルトフェルドが口を挟んでくる。
「アスランに関しては、女性陣に任せておけばいい。その方が、こちらとしてはありがたいしな」
 アスランに矛先が向いている間はこちらに被害はない。その隙に状況を整えられるし……と付け加える言葉は何なのだろうか。キラは本気で悩んでしまう。
「……そういえば、ミーティアの調整の方は終わっているのか?」
 不意にこう問いかけてキラは反射的に首を横に振ってしまう。
「おいおい」
「正確には、一号機の方は終わっています。二号機も基本調整は終わっていて、後は、機体にあわせてカスタマイズをすればいいだけなんですけど……」
 それができる状況じゃないから……とキラは呟くように口にした。
「あぁ……それは、な」
 調整をするには、キラとアスランが直接、話をする必要がある。普段であれば、それは何の問題もない。しかし、アスランは二人だけで……と主張しているのだ。そして、それを他のメンバーが『許可できない』と言っているから話が進まないのだ。
「困ったものだな」
 それで、万が一の時にどうするつもりなのか、とバルトフェルドも呟く。
「いっそ、俺が立ち会いの下で、強引に進めるかね?」
 アスランにしても、自分の命令であれば耳を貸さないわけにはいかないだろう。そして、キラの安全もまた確保できるのではないか。
「そうしてもらえれば、俺としてもありがたいですけどね」
 その間に、自分もあれこれ動けるから……とミゲルも頷く。
「俺個人としては、キラがどんな状況になろうとも手放す気はないんですが……そうなったら、アスランだけではなく女性陣がうるさそうですからね」
 この世からけり出されるような状況にだけはなりたくない。こう笑いながら、キラの体を抱きしめてくる。
「なんて言うか……ものすごく、馬鹿馬鹿しいですよね……」
「気持ちはわかるんだけどな。独り身の人間のことも考えろよ」
 ぼそぼそと男性陣が呟いている声が聞こえた。
「いいじゃないか。それで彼等の精神状態が安定しているのなら、文句は言えないぞ」
 くっくと笑いを漏らしながらバルトフェルドがフォローをしてくれる。
「それは、バルトフェルド隊長には立派な恋人がいらっしゃるから言えるセリフです!」
「そうですよ」
 即座にこんな反論が飛んでくる。
「おや。やぶ蛇だったか」
 いや、貴方の場合はたんに自慢しているだけです……とキラは心の中で呟く。アイシャはそれにふさわしい人物だが、でも、自慢されるとしゃくに障る人物もいるだろう。
「ミゲル」
「放っておけ」
 くすくすと笑いながらミゲルはさらにキラの体を抱きしめる腕に力をこめた。
「それよりも、近いうちに隊長がこっちに来るかもしれないぞ」
 彼が『隊長』と何も付けずに呼ぶ人物は一人だけだ。
「……本当?」
「あぁ……ヴェサリウスが出航したそうだからな」
 そして、あの人も……とそう囁いてくる。
「そうなんだ」
 どのような状況での再会になるかわからない。それでも、彼等に会えればそれで嬉しいけど……とキラは思う。
「それまでに、アスランが何とかなっていてくれるといいんだけどな」
 あちらはともかく、クルーゼは本気で蹴り飛ばしかねない……とミゲルは付け加える。
「……フレイと仲がいいものね、ラウ兄様」
 思考パターンが似ているから、きっと二人は仲がいいのだろう。そして、クルーゼは彼とのつながりも持っているのだ。
 そう考えれば、ミゲル以上に暗躍していたのかもしれないな、と思う。
「しかし、アスランなぁ」
 何とかならないかな、とため息をつく彼にキラも頷く。
「どうして、あんなに僕にこだわるんだろうね」
 アスランくらい格好良ければ、それなりにもてるだろうに……と付け加える。なのに、どうして自分にこだわるのかがわからないのだ。
「さぁな。俺が何を言っても、惚れた欲目になるからやめておく」
 低い笑いを漏らす彼の声に、キラは安心できる自分がいることに気付いていた。



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