目の前で繰り広げられた戦闘の様子に、彼は微かに眉を寄せる。
「あいつなら、あのくらい簡単なんだろうが……」
 しかし、有能さを見せつけることで逃げ道を塞がれることになってしまわないだろうか。ただでさえ、あの子供は一番難しい役目を担わされているのに、とそう思う。
「俺が、側にいられればいいんだろうが……」
 それは許されてはいない。
 自分があの子の側に行くことで計画が失敗する可能性だってあるのだ。それで一番傷つくのがあの子供である以上、自分の感情だけを優先するわけにもいかない。
 わかっていても、割り切れないのが人の心というものではないだろうか。
「一人じゃないってことだけが救いなんだろうが」
 もう一人も、今ひとつ信用できないからな……とため息をつく。
「まぁ……今回もあいつの勝ちだ」
 しかし、いつ、誰があの不自然な攻撃に気付くかもしれない。こちらの方はともかく、あいつらにばれたら……と不安になってしまう。
 だが、まだしばらく大丈夫だろう。
 そんなことを考えている余裕が彼等にはないはずだ。
 などと考えている彼の耳に、小さな電子音が届く。
「……タイムリミットか」
 呼び出しがかかった以上、行かないわけにはいかないし……と小さなため息をつく。相手は自分よりも忙しいのだ。そして、立場も複雑だと言っていい。
「頼むから……顔を合わせるまで、生きていてくれよ」
 できれば、最後まで見守っていたかったんだがな。そう呟きながら、彼はきびすを返した。

 目の前で、三機目のバクゥが攻撃不能な状況にされてしまった。
「……これは、これは……」
 予想以上だな、とバルトフェルドは呟く。
 だからこそ、あの計画の中心に置かれたのだろう。
 しかし、それが本人のためになっているかどうかは悩むところだな……と心の中で付け加える。自分が知っている他の者達と違って、微妙なためらいがまだ見て取れるのだ。
「それを未熟さと取るか、甘さと取るか、見方はいろいろあるがね」
 だが、自分が聞かされていることが真実であれば、それもしかたがないことだろう、と思う。
「しかし、実に面白い存在ではあるな」
 個人的に興味があるね……とバルトフェルドは呟く。
「手合わせを願うか」
 自分にとって見れば、それが一番確実な方法だ。いいわけにしか聞こえないセリフを口にしながら彼はシートから腰を上げた。
「隊長?」
「バクゥを一機、俺に回せ。実力を確認する」
 あれの、といいながら、バルトフェルドはストライクを指さした。
「隊長!」
 無謀な、という声が聞こえたような気はするが、あえて無視をする。
「敵の実力を正確に把握しておかなければ、作戦の立てようがないだろう?」
 もちろん、自分でも詭弁だと言うことはわかっていた。ここにアイシャや有能な副官がいれば、絶対につっこみを入れられるだろうと言うことも、だ。
 しかし、幸か不幸か、この場に二人はいない。
 ならば、自分の思うとおりにさせてもらおうとバルトフェルドは笑った。
「ですが……」
 何かを言いくるめられているのか。まだ何かを言おうとする相手に、バルトフェルドは一瞬だけ厳しい視線を向ける。そうすれば、それだけで彼はそれ以上の言葉を飲み込んだ。
 こう言うところは、まだまだだな……とそう思う。
「そういうことだからね。早めに用意をしてくれないかな?」
 自分が戦っている間に、負傷者を収容。それが終わった時点で撤退をする、とバルトフェルドはさらに指示を出す。
「わかりました」
 こうなれば、止めても無駄だとわかっているのか。それとも別の理由があるのかはわからないが、彼は素直に引き下がる。その代わりに、指示されたことを行うために移動を開始したようだ。
「ふむ……この程度で引き下がるとは……」
 もう少ししごかないとダメかな、とその後ろ姿を見ながら呟く。
 彼の耳にその言葉が届かなかったことは、不幸中の幸い、というべきなのだろうか。判断に悩むな、とそうも考えていた。

 何があったのか。
 ある意味、押し気味といえた相手がいきなり撤退を開始した。
 その事実に、誰もが胸をなで下ろしている。しかし、これからが、ある意味正念場だよな……と心の中ではき出しながら、フラガは立ち上がった。
「少佐?」
 どうかしたのか、と即座に問いかけてきたのはミリアリアだ。
「キラの様子を見に、な」
 いつものことながら、戦闘が終わるとあいつは落ちこむから……と何気ない口調で付け加える。そうすれば、微かに彼女は表情を強ばらせた。
 いや、彼女だけではない。
 他にも数名、表情を曇らせた者達がいる。それは、全てキラとともにヘリオポリスから乗り込んだ者達だ。
「ヤマトが、何か?」
「というよりも、問題は整備クルーをはじめとした一部の連中。いろいろとイヤミをちくちくと言っているんだよ」
 キラにな、とバジルールの問いかけにフラガは言葉を返す。
「今だって、あいつがいなければどうなっているかわからないって言うのに」
 それなのに、あの子供を排斥しようとしている者がいる。それは、地球に降りてきた安堵感からなのだろうか。
「マードックには気を付けるように言っておいたが……この時間が一番、あいつが一番忙しいからな」
 だから、戦闘後のメンタルケアは自分の役目だ……とそう思っている。あの子供を巻き込んでしまったのが自分たちである以上、当然のことだと思う。もちろん、それは義務だからというわけではない。
「そうですか……」
 だとするなら、いろいろと問題ありだな……とナタルが呟く。どうやら彼女がキラと一線を画していたのは民間人であるキラが戦闘に参加せざるを得なかったと言うことが問題だったようだ。それが解決された今は、予想以上に、あの子供に対する態度が柔らかくなっている。
「……そちらに関しては、私たちではどうしようもありませんね……フラガ少佐にお願いするしかないのですが……」
 かまわないのか、と問いかけてきたのはラミアスだ。
「あぁ。だから、お前さん達はこっちを頼むよ」
 こう言い残すと、フラガは身軽にその場を後にする。そして、今頃震えているであろう子供を慰めるために、足早に歩き始めた。



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最遊釈厄伝