アスランの様子が恐い。
 キラは反射的にフラガの背中に隠れながらそう思う。
「……かなり煮詰まってるな、あの坊主」
 それはフラガも同じ考えだったらしい。苦笑とともにこうはき出す。
「勝手に煮詰まらせておけばいいんだわ」
 即座にフレイがこう口にする。
「自分の立場を理解していない奴なんて、放っておけばいいのよ」
 キラに絶対に会わせないんだから! と彼女は付け加えた。
「フレイ」
「こっちの妥協案を飲まなかったのはあいつよ? なのに、どうしてあんたをあいつに会わせなければいけないの?」
 そもそも、異性を二人きりで会わせるわけがないでしょう! と彼女は言い切る。
「……最大限譲歩して、ドアを開けて側にミゲルがいるなら、っていったのよ。それなのに、それは嫌だって言うし」
 フラガですら妥協していることを、どうしてあいつができないのよ! とフレイはさらに付け加えた。
「……落ち着け、フレイ。あいつに気付かれるぞ」
 もう遅いかもしれないが、と付け加えたフラガの言葉は、確かに遅かったかもしれない。
「キラ!」
 フレイの声でキラがここにいるとしっかりと気付いたらしいアスランが、こちらに向かって進んでくる。
「キラ、逃げるわよ!」
 その事実に気付いたフレイが、キラの腕を掴む。そのまま彼女を引きずるようにして移動を開始した。低重力に近いこの場だからこそ、ナチュラルである彼女にもそんな行動が可能なのだ。
「フラガさん! 足止め、お願いします!!」
 さらに彼女は抜け目なくこう叫ぶ。
「はいはい。忘れずに後でキラを貸してくれよ」
 でないと、ストライクの設定を変えられないからな……とフラガが背中越しに言葉を返してきた。
「いい加減、自分でできるようになってください……」
 ため息とともにキラは呟く。
「本当にそうよね」
 でも、別の方面で忙しいからしかたがないかもね……とフレイは苦笑とともに付け加える。
「みんな、ムウさんを頼りにしているから」
 自分もそうだけど、とキラも頷く。
「まぁね。一番物事を頼みやすいもの、ね」
 自分もこき使っているし……とフレイも苦笑を浮かべた。
「ともかく、あれに追いつかれる前に安全な場所に逃げないと……ブリッジかしら」
 そこであれば、最後の手段が使えるから……と彼女は口にする。
「でなければ、ミゲルのところがいいんだろうけど……今はエターナルだものね」
 アスランも本当であればあちらにいたはずなのだ。そして、あれがフリーダムとジャスティスの専用艦である以上、キラも本来であればあちらに乗り込んでいなければいけない。
 だが、そうしていないのは、周囲のみんながキラの精神状態を考慮してくれているからだろう。
「食堂に行けば、ラスティかあれのどちらかがいると思うから……取りあえず、そこを目指すわよ!」
 その他にも何人かいるはず。だから、きっとあれを止めてくれるだろう。そういうフレイに、キラも頷いて見せた。

 だが、そこには予想以上に強力な味方がいた。

「……何故、ここにいらっしゃるのですか?」
 ラクス・クライン……とアスランは忌々しそうに彼女の名を口にする。
「打ち合わせ、ですわ。誰をどの艦に配置するのか。とても重要なことだと思いますが?」
 にっこりと微笑みながら言い返してくる彼女の真意がわからないはずがない。だからといって、無視できない相手だと言うことも事実なのだ。
「カガリさんもいらっしゃるはずですし……その間、ここでみなさまとお話をしたかっただけですが、何か?」
 同じくらいの女性の方がいらっしゃるのは、ここだけですもの……と言う彼女の言葉に妙な説得力を感じるのは錯覚だろうか。
「それよりも、私としてはどうして貴方がここにいらっしゃるのかが気にかかりますが」
 さらに彼女はこう言ってくる。
「私は、貴方がこちらに来ていると報告を聞いておりませんわ」
 自分は責任者だったはずだが……と言う彼女に、アスランは言い返すことができない。実際、自分が勝手にこちらに来たことは否定できないのだ。
 だが、それを素直に『悪かった』といえないのは、彼女の背後でフレイが拍手をしているからかもしれない。
「……あなた方を通していては、キラとゆっくり話ができませんから」
 だから、きっぱりとこう言い返す。
「でも、普通、妙齢の男女を二人きりにさせませんわよね。決まった相手がいらっしゃる方は特に」
 違いますか? とラクスはさらに笑みを深めた。
「ラクス!」
「キラは既にミゲルを選んでいらっしゃいますのよ? どうしても、とおっしゃるのでしたら、彼の許可を取ってきてくださいませ」
 その上で、私の立ち会いの下でしたら許可をして差し上げますわよ……と彼女は付け加える。
「……どうしても、二人きりで話をさせてはくれないと?」
「当たり前だろうが! このヘタレ!!」
 しかし、アスランの言葉に答えを返してきたのはラクスではなかった。
 いや、飛んできたのは言葉だけではない。
 しっかりと拳まで飛んできた。とっさのことに、アスランは避けることすらできない。
「……カガリ、何を……」
「うるさい! お前のようなバカを野放しにしていられるか!」
 キラの迷惑も考えろ! と彼女はアスランをにらみつけてくる。
「俺のどこが迷惑なんだ!」
「存在そのものに決まっているだろう!」
 その考え方を変えない以上な、と彼女は言い切った。
「世界は、自分を中心に回っていると思うな!」
 さらに付け加えられた言葉は、アスランが考えもしなかった内容だったといっていい。
「それこそ、どういう意味だ!」
「きちんと理解させてやろうじゃないか!」
 しかし、自分の一言が墓穴を掘る結果になるとは思いもしなかった彼だった。



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最遊釈厄伝