「……カガリ、何?」
 おそらく艦長室だろう。一際広い――と言っても、戦艦の中では、の話だ――部屋をのぞき込みながら、キラはこう声をかける。
「あぁ、キラ。来たか」
 そうすれば、彼女は苦笑とともに手招いた。
「ほら。キラは大丈夫だろう? あいつとは二人きりにしないから」
 そして、そのままモニターへと視線を戻す。
「ひょっとして、フレイ?」
 通信の相手は、とキラは問いかけながら、彼女の肩越しにモニターをのぞき込む。
「そうだ」
 苦笑とともにカガリが頷いてみせる。
『しかたがないでしょ! 心配だったんだから』
 あれがいなかったら、ここまでしないわよ! と言い切る存在は、まちがいなくフレイだ。そして、本気で心配しての行動だ、と言うこともしっかりと伝わってくる。
「大丈夫だよ。ニコル君達がいてくれたから」
 厄介ごとになる前に連れて行ってくれた、とキラは苦笑とともに告げる。そして、今も彼と話をする前にカガリの所に来たし、とも。
「さすがに、恋人がいる女性を他の男と二人だけにさせられないからな」
 しかも、相手があれじゃ……とカガリも苦笑を浮かべる。その言葉に、アスランは彼女にいったい何をしたのだろうか、と本気で考えてしまう。
『ならいいけど……こっちに帰ってくるまで、絶対、一人で行動しちゃダメよ! でないと、あたしがそっちに行くからね』
 それは脅し文句なのだろうか。それとも、とキラは思う。
 しかし、こちらでフレイとアスランの口論は見たくない。オーブの軍人はみなきまじめな人ばかりだし……とキラは考える。もっとも、アサギ達やシモンズ主任であれば面白いと思ってくれるかもしれないが。それは、彼女たちが《女性》だから、と言っていいだろう。
「心配するな。後一時間もすれば、こちらも落ち着く。そうしたら、キラは帰すから」
 疲れているところ、悪いがな……とカガリは言葉とともにやさしい視線を向けてくる。
「そのくらいは、大丈夫だけど……」
『なら、こっちですぐに寝られるようにしておくわ』
 報告は、カガリにしておけばかまわないだろう、とフレイも言葉を口にした。
「もちろんだ。それで十分だろう」
 クサナギに収容されている以上、報告はこちらの責任者に行えばいい。そして、実務はともかく、この艦の責任者は自分だ、とカガリは笑う。
「と言うことで、いいな? キラを座らせてやりたいし……そろそろバカが来そうだ」
 もっとも、ニコル達だけではなく他の野次馬も付いてくるだろうから、その点は安心だがな……と付け加える。
『なら、大丈夫ね』
 心配なのは、キラとアスランを二人きりにすることだから……とフレイも頷いてみせた。
「……だから、何なの?」
 どうしてそこまでアスランが警戒をされなければいけないのか。その理由がわからないキラだった。

 キラがフレイと通信をつないでいる頃、ブリッジではまた別の会話が交わされていた。
『それで……これからどこを目指すのかね?』
 キサカの言葉にミゲルが微かに眉を寄せる。
「ミゲル君?」
「何か、言いにくい場所なのか?」
 彼の表情の変化に気が付いたのだろう。ラミアスとフラガが即座に問いかけてきた。
「……あの人達が『大丈夫だ』と判断したから、そうだと思いたいんですがね」
 ただ、と言いかけて言葉を飲み込む。下手なことを言って、一番知られたくない人間の耳に入るとまずいと思ったのだ。
「ただ、何だ?」
 しかし、それで彼等が納得してくれるかどうか、というと話は別だろう。
「……悪いが、俺の口からは言えない。あの人から聞いてくれ」
 こうなったら、今はこの場にいない人間に責任を押しつけるに限る。そう判断をして、ミゲルはこう言った。
「俺も、あまり詳しいことは知らないんでな。ただ……キラには知られたくない内容だと言うことはわかっている」
 だから、と言えば彼等もそれ以上無理強いはしてこない。
「ともかく、これからL−4へ向かってくれ。そこで、ラクス様達と合流できる手はずになっている」
 あそこには、まだ生命維持装置が生きているはずだしな、とミゲルは一息で言い切った。
『あそこであれば、隠れているのにいい場所だ』
 そして、全ての準備が整うのを待つのにも、とキサカが言う。あるいは、彼は全てを知っているのかもしれない、とミゲルは判断をする。
『うまくいけば、オーブがどうなっているのかも、わかるかもしれないしな』
 そうすれば、カガリも他の者達も安心するだろう、とキサカは続ける。
「確かに。ウズミ様方のことだ。それなりに動いてくださっているはずだしな」
 それに、あの人が彼等の手助けをしてくれるはずだ。
 だから、あの方々に関しては心配はいらない。ミゲルはそう思っている。
 もっとも、彼等に関してはどうかは言い切れないが……と心の中で呟く。
「こちらが姿を隠していれば、それだけ疑心暗鬼に陥る連中もいる。そいつらが尻尾を出してくれるのが一番だからな」
 後は、厄介なものをたたき壊せばいい。
 ミゲルはそう言って笑った。
「問題なのは、どこまで我慢できるか、だよな」
 特に、誰かさんが……とため息をつきながらフラガが頭をかく。それが誰のことを指しているのか、キサカにもしっかりと伝わったらしい。
『当分は大丈夫だろう。キラがいてくれるし、適当におもちゃを与えておくからな』
 そのおもちゃというのは、ひょっとして《アスラン》とは言わないだろうか。何の脈絡もなく、ミゲルはそんなことを考えてしまう。
 ついでに、遊び相手の中にはまちがいなくフレイも含まれている。
「……哀れだが、丁度いい人選か」
 アスランもそれでうかつにキラに近づけなくなるはず。だから、丁度いいか。
 ミゲルはそう結論を出した。

 数日後、彼等は予定通りラクス達との合流を果たしていた。



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