地球軍から、とんでもない要求がオーブに突きつけられたのは、それからすぐのことだった。
 ほんのわずかでも時間があったのは、まちがいなく、あの艦隊を用意するためだったのだろう。
「……避難が終わっていて、取りあえずよかったな」
 民間人がいなければ、被害を気にすることはない。モルゲンレーテの施設もデーターも、地球軍に渡すわけにはいかないのだし、とそう思う。
「ストライクの準備も終わっていますしね」
 さりげなく付け加えられたニコルの言葉に、周囲から笑いが漏れる。
「……お前なぁ……」
 頼むから、思い出させるな……とフラガはぼやく。特訓と称して彼等がどのようなことをしたのか、思い出しただけでも胃が痛くなるほどだ。
「お姫様の前で死なれるわけにいかないじゃん」
 できることなら、オーブ軍の連中もしごきたいくらいだった、と言いきったのはラスティである。しかし、自分たちだけではそこまで手が回らなかったし、そこまで介入もできないだろう。だから、初心者の中でキラに一番近い位置にいるフラガだけでも取りあえず死なないであろう程度にしごいたのだ、と彼は付け加える。
「……死なない程度?」
 あれで? とフラガが言葉をはき出す。
「そうですよ。あれだと、アカデミーを卒業できる程度です。地球軍のパイロットが、どれだけ力を付けているか、わからないんですよ?」
 しかも、完成度は劣るとはいえ、連中もキラが作ったシステムを搭載しているらしい。そうなれば、自分たちに勝るとも劣らない程度の実力を持っている人間がいたとしてもおかしくないのだ。
「ナチュラルでも、才能がある奴は俺たちよりも上だしな」
 キラや隊長レベルになれば話は別だろうが……とラスティは呟く。
「まぁ、貴方の場合、ブランクがありますからね」
 初陣でドジを踏んだから……とさりげなくニコルがつっこむ。
「ニコル……お前、怒ってるのか?」
 だから、いつも以上に毒舌がさえているとか? というラスティに、そうなのかと誰もが視線を向ける。
「怒っているわけではないですよ。ただ、気に入らないだけです」
 戦いがあることで、キラが不安定になるから……とニコルは呟く。それなのに、自分たちは結局、彼女に頼らないわけにはいかないのだ、とも。
「それは、そうだな」
 確かに、自分たちは彼女の実力をあてにしなければいけない。
 それがどれだけキラを追いつめているのか、わかっていてもだ。
「それでも、被害を最小限に収めるには……あいつに頑張ってもらわないといけないんだよな」
 本当、大の大人がよってたかって一人の少女にすがりついている状況なんて、無様以外の何者でもない。フラガはそう思う。
「ともかく……フレイとあいつにきっちりとフォローしてもらうしかないんだろうな」
 誰よりも、キラの側にいる二人。
 自分が知っている限りフレイの言動だけでもキラの気持ちは安定していたようだ。今はさらに、キラの恋人とか言うミゲルもいる。だから、そっち方面は大丈夫ではないか、とそう思う。
「で、俺たちは死なないように気を付けないと、って事か」
 自分たちが生きていれば、キラのストレスはかなり軽減するだろう。フラガの言葉に、誰もが頷いてみせる。
「坊主達との仲も修復したようですしな」
 それに隠し事もなくなった。そちらの方の心配事がなくなったから、かなりキラの負担は減ったのではないか。マードックも口を挟んできた。
「と言うわけで、整備は終わりましたぜ。最終チェックをしてくれませんかね」
 やるべきことをやってくれ、という彼に、フラガは小さなため息をつく。はっきり言って、それは苦手なのだ。
「いいんですかい? あんたがやらないと、キラがやる羽目になりますぜ」
 しかし、この言葉に、フラガは渋々と行動を開始した。

 キラの体をフレイがしっかりと抱きしめている。
「大丈夫よ、キラ。大丈夫」
 何度もこう囁いてやれば、キラは小さく頷いて見せた。
 ある意味、これは戦闘が始まる前の儀式なのかもしれない、とフレイは思う。こうして、キラは自分の心に鎧を纏う。そして、自分たちを守るために機体に乗り込んでいくのだ。
「そうだって。今回は、俺たちも一緒だからな」
 だから、何も心配することはない……とミゲルも口を挟んでくる。
 それが面白くない。そう思ってしまうのは、自分のワガママなのだろうか。そんなことも考えてしまう。
 もちろん、キラの負担を軽くするためには彼の存在があった方がいい。自分ではどう逆立ちしても一緒に戦ってやることはできないのだ。
 だからこそ、キラの心を守ってやりたい。
 そう考えて頑張ってきたし、それは成功していたと思う。
 だが、最近はその役目をミゲルに取られてしまったような気がしてならないのだ。
「うん」
 わかっている、と頷きながらもキラはフレイにすり寄ってくる。
「どうしたの? キラ」
 甘えて、とフレイは問いかけた。
「……だって、ミゲルの胸だと柔らかくないもん……」
 こうするなら、フレイの胸が気持ちいいから……とさりげなくキラは付け加えた。
「そりゃ、俺は男ですからね」
 女性に比べて胸は堅いですよ……とミゲルがふてくされたように呟く。
「それに、いつもこうしてもらってたから……癖かな?」
 安心できるんだ、とキラは口にする。その内容に、フレイは満足そうに微笑んだ。キラも同じように感じていてくれた。その事実が嬉しかったのだ。
「まぁ、見ていて楽しいからいいけどな」
 もっとも、ミゲルだけは違ったようだな。
「そういえば……」
 ふっと思い出したようにキラが口を開く。
「あの人は?」
 捕虜になっていた人、と彼女は付け加える。
「ディアッカか? 説得している暇がなかったから、ほっぽり出した」
 っていうかほっぽり出してもらった……と彼は笑う。
「……ほっぽり出した?」
 いいのかそれで、とキラだけではなく、フレイも考えてしまう。ここは、これから戦場になるのだし、とも。
「まぁ、大丈夫だろう。今なら、モルゲンレーテの技術者が使う最終便に間に合うはずだし……戻ってくるなら、それはそれでかまわないからな」
 脇から見ていただけだが、あいつ、あの少女に好意があるようだしさ……とミゲルは付け加えた。男なら、いいところを見せたいと思うだろう、とも。
「いいの、それで」
「いいの、いいの。そうしたら、からかって遊べるしな」
 お化け三人セットを見たときのあいつの顔が楽しみだ……と彼は付け加える。
 やっぱり、それは違うような気がする、とフレイは心の中で呟く。それでも、キラの表情が少しだけ和らいだからいいのか。そう思い直すことにした。



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最遊釈厄伝