「……本当に、何も説明していなかったの?」
 キラは思わずフレイにこう問いかけてしまう。
「そんな暇、なかったのよ」
 こっちもそれなりに忙しかったし、と彼女は少しむくれたような表情で、こう言い返してくる。
「それ以前に、あの人が少佐にも詳しい話をしていなかったなんて、全然予想もしていなかったし」
 てっきり、彼にだけはきちんと事情を説明して協力を求めていたと思っていたのだ、とフレイは言葉を重ねてきた。
「……俺は、脅迫されたようなもんだ……」
 ぼそっとフラガが呟く。
「それは、少佐が悪いんでしょ! あの人に弱みを握られるようなことをしているから」
 それは違うのではないか、とクルーゼをよく知っている者達が心の中で呟いていることを、フレイは知らないだろう。いや、知っていたとしても、彼女の場合気にしないに決まっている。
「ともかく、それは別にしても……こうしてみると本当にお嬢ちゃんだったんだな、坊主」
 って、坊主じゃないのか……と言いながら、フラガがさりげなくキラの胸のあたりに手を伸ばしてきた。
 もちろん、その手がキラに触れることはない。
「何やっているんですか!」
「セクハラは、厳罰ですよ!」
 フレイとラミアスがタイミングを合わせたかのように彼をはり倒したのだ。いくらエンデュミオンの鷹とはいえ、女性二人にはかなわなかったと見える。そのままその場にうずくまってしまった。
「……男としては、最後の一撃に同情するよな」
「まぁ、自業自得ですけど……できれば見たくありませんね」
「我が身だったら、とついつい考えちまうからな」
 股間の一撃だけは、何があっても避けたいよな……とコーディネイターの男三人組は頷いている。
「とはいうものの、アルスターの一撃は手慣れているな」
「少佐が側にいたからじゃないのか?」
「いえ……フレイは昔からあぁでした」
 こんな会話を交わしているのは、アークエンジェルに乗り込んでいたメンバーだ。その中にサイの声も混じっていることに気付いて、キラは苦笑を浮かべるしかできない。
「ともかく……絶対に、キラにはセクハラしないでくださいね。全部、あの人に言いつけますよ!」
 そうなったら、どんどん握られている弱みが増えますよね……とフラガに追い打ちをかけるフレイに、誰もが恐怖と感嘆が入り交じった視線を向けている。
「フレイ、そこまでにしておいてって。知らなかったんだったら、確かめたくなったとしても仕方ないんじゃないの?」
 苦笑とともにキラはフラガを擁護してみた。
「そうかもしれないけど、真っ直ぐに胸に手を伸ばすのが許せないの!」
 それ以前に、キラに気安く触れようとするのが気に入らなかったのだ、と彼女は言い返してくる。
「あのな……俺が側にいて、そんなことをさせると思うか?」
 キラを守るためにここに来たんだぞ、とミゲルが苦笑を浮かべた。
「わかっているけど……それじゃ、あたしが面白くないの!」
 結局はそれか! と誰もが心の中で呟く。
「大好きだよ、フレイ」
 しかし、キラのこの一言でフレイの顔から怒気が消える。
「……あたしも、キラが大好きよ」
 こう言ってくれる彼女にキラは微笑みを返す。
「結局、俺だけかよ……」
 不幸なのは……と呟くフラガの声に反応を返すものは誰もいなかった。

 瓦礫の中で、彼女の存在だけが鮮やかな色彩を抱いている。
「……ラクス……」
「お久しぶりですわね、アスラン」
 いったい、目の前にいるのは誰だ。そういいたくなるくらい、目の前の少女の表情は見知らぬものだった。
「何故、貴方が……」
 そんな彼女に向かって、アスランはこう問いかけるしかできない。それだけ圧倒されていたといってもいいのではないだろうか。
「私は、必要だと思うことをしたまでです」
 キラが剣を必要としていた。だから差し上げただけ……と彼女は付け加える。
「キラ、は」
 そんな馬鹿な……とアスランは思わず言い返す。
「キラは、貴方が殺しました、か?」
 ラクスはさらに厳しい口調で追及してきた。
「残念ですが、キラは生きています。そして、世界のために、また、戦われることを選択されました」
 そんなキラのためだから、自分も危険を承知で手助けをしたのだ……と彼女は付け加える。
「アスラン、貴方は何のために戦っていらっしゃいますの?」
 いただいた勲章のためですか? それとも、という言葉にアスランは唇をかむ。
 自分が、戦いに赴いたのは母を失った痛みを地球軍にぶつけるためだ。しかし、その結果、自分はキラを失う羽目になってしまった。だが、それはキラが自分の間違いを認めようとしなかったからではないか。
「キラは最初から、一つの目的のために戦っていらっしゃいました。漠然と、ご自分の痛みを相手にぶつけようとしていた貴方とは違います」
 その結果、同じ痛みを抱える人間を増やしただけではないか! とラクスは指摘をしてきた。
「そんなことは……」
 ない、とアスランは口にしようとする。
「キラは今、地球にいます」
 しかし、ラクスはその前にこう言葉を告げた。
「一度、お話をなさってみてはいかがですか? お友達と」
 そのまま優雅な仕草で彼女は立ち上がる。そして、ステージの外へと歩いていく。
 そんな彼女を、アスランは止めることができなかった。

「すまなかったね」
 ラクスの耳に、男性の声が届く。視線を向ければ、堂々とした男性の姿が確認できる。
「本来であれば、私がしなければいけなかったのだが……」
 君にさせてしまった、と彼――パトリックが頭を下げた。
「お気になさらないでくださいませ。私は、自分がしなければいけないことをしているだけですわ」
 そして、これからのことも……とラクスは微笑む。
「それよりも、私と話している場面を見られると、後々困られますわ。アスランが追いかけてくるかもしれませんし」
「大丈夫だとは思うが……気を付けて行かれよ」
 言葉とともに彼はきびすを返す。そして、そのまま闇の中へと姿を消した。その途中で白い軍服が確認できたから、きっとクルーゼが付いてきていたのだろう。
「ならば、大丈夫ですわね」
 では、自分は自分の行くべき所に向かうべきだ。そう判断をして、ラクスはまた歩き出す。そんな彼女の周囲を、バルトフェルドの部下達が取り囲んでいた。



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