「まったく……俺は、こういうことは苦手なんだぞ」
 こう言いながらもフラガは手早くデーターをコピーしていく。
「……そろそろ、タイムリミットのようだけど?」
 そんな彼の耳に、同じように作業をしていたラスティの声が届いた。
「わかっている」
 俺だって死にたくはないからな、と言葉を返しながらフラガは取りあえず作業を終わらせる。はき出されたディスクを手にすると、そのままきびすを返した。
「少佐! それにラスティも。こっちよ!」
 その気配を察したのだろう。フレイがドアから顔を出して手招いている。しかし、その隣に先ほどまでくっついていた人影はない。
「あいつは?」
「戻ったわ。遅くなると疑われるからって」
 ものすごく不本意だけど、と口にしていたわ……とそう付け加える。
「そうなのか?」
 信じられないと、ラスティが呟く。
「そうよ。キラとミゲルが戻ってくるんだもん」
 彼の二人に対する感情は、自分たちのそれとは違う。でも、その気持ちは嘘ではないと、フレイは言い返した。
「……ひょっとしたら、ミゲルとオルガの立場が、逆だったかもしれないって聞いたわ」
 もっとも、オルガがキラに対して抱いているのは恋愛感情じゃないことだけは確かだけど、と彼女は微笑む。
「でなかったら、一番最初の時に手伝ってくれるはずがなかったもの」
 そして、そのまま地球軍に残ることもなかっただろう、という言葉に、フラガは微かに眉を寄せた。しかし、それを問いただしている時間はない、と言うことも事実だ。
「……そこいらあたり、詳しく教えてもらうぞ」
 あいつは、ろくな事情も教えずにあれこれ押しつけてくれたからな、とフラガは言いながら、フレイの体を抱え上げる。
「少佐?」
「こっちの方が早い」
 さっさと戦闘機を奪ってアークエンジェルに戻らないとまずいだろう? と言いながら、駆け出した。ラスティもその後を追いかけてくる。
 コーディネイターであるラスティと互角――とは言ってもラスティの方が手加減してくれているのだろうが――に動ける自分の身体能力にフラガは少しだけだが感謝をしてしまう。これならば、フレイも文句を言わないだろう、とそう思うのだ。
「しかし、まじで人がいねぇな」
 ここいらは……とフラガは呟く。もっとも、そのおかげでこんなこともできたわけだが、と心の中で付け加えた。
「遠くからスイッチを押すだけなら、心が痛まないってことじゃないのか?」
 シミュレーションか、言葉は悪いがゲームと同じだろう、とラスティは言い返してくる。
「それは否定できないな」
 上層部で、実際に戦場に出ていた人間はいない。それなりの階級を持って戦場にいるものは、みんな、主流からはずれた人間だった。
 実際に、目の前で親しい者達の命が散っていく光景を目の当たりにしなければ、戦争の恐ろしさなんて理解できるはずがない。
 だからこそ、兵士の命を使い捨てにするような作戦を遂行できるのだろう。
「ともかく、少しでも多くの人間をあれの範囲内から逃がすことを考えるしかないんだが……」
 地球軍はもちろん、ザフトの連中もどれだけ自分たちの話を聞いてくれるだろうか。
「俺たちが『生きて』いれば、それなりに影響力を使えたんだがな」
 特にニコルは、とラスティは言い返す。
「それはしかたがない。そうだったら、お前さん達がこうしてここにいることは不可能だったからな」
 そして、彼らがいなければ自分たちがここまでたどり着くことは難しかっただろう。フラガは本気でそう思っている。
「ともかく、全部、アークエンジェルに戻ってからだ」
 そうすれば、何かいい方法が見つかるかもしれない、とフラガは呟く。
「そうだな。そいつもその方が楽だろうし」
 振り回されたせいで目を回しているぞ、と苦笑とともにラスティが指摘をしてきた。
「フレイか」
 道理で、つっこみがなかったわけだ……とフラガは納得をする。だが、この方が静かでいいよな、とそう思ってしまった。

 天空から蒼い翼を持ったMSが舞い降りてくる。そのまま、アークエンジェルの前で大きく翼を広げた。
『皆さん、大丈夫ですか?』
 次の瞬間、どこか聞き覚えがあるような柔らかな声がスピーカー越しに届く。しかし、誰の声なのか、一瞬わからない。
「キラ!」
 だが、その答えはすぐに与えられた。フレイが喜色に飛んだ声でこう叫んだのだ。
「キラ君?」
 しかし、その事実をラミアスは受け入れられない。
 彼女が知っている《キラ》は少年だった。しかし、今スピーカーから響いてきた声はどう聞いても少女のものだろう。
「お姫様は、わけがあって性別をごまかしていたんだと」
 悪者に見つからないようにな、とラスティが教えてくれた。
「もっとも、それでも見つかっちまったらしいんだが……でも、今はそれよりも先にしなきゃないことがあるんじゃないのか?」
 死にたいなら別だが……と付け加えられて、ラミアスは即座に意識を切り替える。
「こちらは全員無事よ! でも、ここの海域は……」
『わかっています。アークエンジェルは、地球軍の他の艦艇を連れて、この場を離れてください』
 ザフトの方々に関しては、自分が何とかします。そういいきった彼女の声には、今まで以上の力強さが感じ取れる。
「わかったわ」
 離れている間にいったい何があったのだろうか。
 それを知りたい、とそう思う。
 だが、今はしなければならないことがある。キラが戻ってきてくれたのであれば、きっと、教えてもらえる時間もあるはずだ。
 ならば、今は……とそう判断をすると、ラミアスは即座に指示を出した。

 キラの声は、彼等の耳にも届いていた。
「強くなったようですね」
 小さな声で、彼はこう呟く。
「……あいつも、一緒だろうから……」
 だから、きっと精神的に安定しているのではないか。そうオルガが囁き返してくる。
「あぁ、その可能性は大きいですね」
 ならば、最後にあったときよりももっと美しくなっているのではないか。そんなことも考える。
 その事実は、別の意味で自分たちの計画にプラスになるだろう。
「では、こちらもそろそろ本格的に動き出しますか」
 小さな笑いとともに彼はこう呟いた。



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最遊釈厄伝