「その結果、俺たちはあそこから解放された。もっとも、オルガだけは故意に残ったが……」
 それでも、あの人がいてくれるから大丈夫だろう。彼にしても、自分の遺伝子を持った存在を邪険にはしない、と言っていた。
 どこまでその言葉が信じられるかわからない。
 しかし、クルーゼ達も彼の言葉は信頼していいと言っていたのだから、大丈夫だろう。そういって、キラをなだめたのだ。
「その方々は?」
「本人は中枢に食い込んでいるそうだし、オルガの方は、その下についている。いずれ、合流することになるだろうが、な」
 問題なのは、オルガの体の方だ。そう言いかけてミゲルは言葉を飲み込む。
「ミゲル?」
 しかし、キラはミゲルが何か言葉を飲み込んだ、と言うことには気付いているらしい。何かあるのか、と言外に問いかけてきた。
「問題なのは、どうやって俺たちが地球に行くか、だ」
 おおっぴらに協力を得られない以上、戦艦を使うわけにはいかない。そして、クルーゼ達も巻き込めないぞ、と彼は口にする。
「……MSじゃ、たどり着く前にバッテリーが切れるものね」
 だからといって、普通の定期便は使えない。というよりも、既にそのようなものは就航していないはずだ。
「それに関してですが……しばらく、お時間をいただけますか?」
 何かを用意できるかもしれない。そういってラクスは微笑む。
「ラクス?」
「私も、そろそろ表立って動かなければいけないかと。そうすれば、クルーゼ隊長をはじめとした方々に向けられる視線が減りますから」
 残念だが、とラクスは小さなため息をつく。
「最高評議会の中に、あちらの息のかかったものがいるらしいのです。私たちでも、まだ、それを特定できないのですわ」
 だからこそ、自分が動かなければいけないのだ、と彼女は言い切る。
「ラクス……」
 その言葉に、キラは不安そうに彼女を見つめた。
「大丈夫ですわ、キラ」
 キラを安心させるようにラクスが微笑む。
「キラにミゲルがいらっしゃるように、私にも私を守ってくださる方がおりますもの」
 キラもよく知っている相手ですわ、とさらに意味ありげな口調を彼女は続ける。
「……僕も、知っている?」
 アスラン? とキラは何気なく続けた。ラクスとアスランは婚約者同士だ。それを知っているキラからすれば、それは出てきて当然の結論なのだろう。
「そんなはず、ありませんでしょう?」
 ころころと笑い声を漏らしながら、ラクスは一刀両断に否定をする。
「ラクス?」
「ご自分の価値観でしか周囲を見られない男など、邪魔なだけです」
 きっぱりと言い切るラクスの言葉に、ミゲルは苦笑を浮かべるしかできない。きつい内容だが、まちがいなくそれがアスラン・ザラに対する正しい評価なのだ。
「ですから、キラはこのようなことになったのではありませんか?」
 もっとも、自分にとってはとても嬉しい状況だったが……とラクスはやさしい視線をキラに向ける。
「でも、アスランは許せませんの」
 だから、と彼女は微妙に笑みをすり替えた。
「ラクス……」
「心配しても大丈夫ですわ。別段、ケガをさせるとか何かはしませんもの」
 ちょっと苦言を告げるだけです……と付け加えるラクスに、キラは恐怖を覚えたのだろうか。彼女はさりげなくミゲルの方に体をずらしてくる。
「キラ、どうかしましたの?」
 そんな彼女の行動が面白くなかったのか。ラクスは真顔でこう問いかけてきた。
「ラクス様。キラには免疫がないのですから」
 もう少しセーブして頂ければありがたいのですが……とミゲルは苦笑混じりに告げる。
「……まぁ、私としたことが」
 失態でしたわ、と素直に認められるあたり、ラクスは大物だと言えるだろう。アスランにもこの十分の一でも許容力があれば、状況はかなり変わってきていただろうに、と心の中で付け加える。
「ともかく、キラ。アスランがこのままでいけないことはわかって頂けますわね?」
 彼のためにはもちろん、自分たちのためにも……とラクスはキラに問いかけた。それに彼女も小さく頷いてみせる。
「ですから、性根をたたき直してやろうと思いますの」
 婚約者としての義務ですわ……と言い切る彼女に、ミゲルは心の中で『それは違うじゃないでしょうか』とつっこむ。しかし、それを口に出せるだけの勇気は彼にはなかった。
「……アスランの性根をたたき直す……」
 キラはキラで、ラクスの予想外のセリフに呆然としているようだ。
「カガリが言うならわかるけど……ラクスがそんなこと、言うなんて……」
 似合わない、とも付け加える。
「キラのためですわ」
 そして、世界のためだから……とラクスは口にした。
「世界を変えるのですもの。大人しいだけではダメですわ」
 キラもそのために頑張ってきているのだ。だから、自分も負けないくらいに頑張らなければいけないのだ、とラクスは付け加える。
「ですから、キラは前だけを見ていてくださいませ」
 背後は、自分たちがしっかりと守るから……という言葉には、ミゲルも同意だ。
「そうだぞ、キラ。この後は、一緒に行動できそうだし」
 だから、お前はお前のやらなければならないことだけをやれ、とミゲルは笑う。それにキラも小さく頷いてくれた。

 連中にとって一番豊富で一番安い道具が《人間》だということを思い知らされる事態が報告されたのは、それからすぐのことだった。



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最遊釈厄伝