あの二人を閉じ込めているのが自分の父親だったなんて。
 その事実がフレイの中で重くのしかかる。人間を実験材料にするなんて許されるはずがないだろう。それが、コーディネイターでもだ。母がそういっていたし、と心の中でそう呟く。
 だが、彼はそんな母親まで何かの実験材料にしているらしい。
「……パパなんて、嫌い……」
 フレイは小さな声でこう呟く。
「だから、あの二人、逃がしてあげないと……」
 でも、どうすればいいのだろう。そうも考える。
 忌々しいが、父やその父にあれこれ命令している連中の力は強大なのだ。うかつなことをしても、あの二人に迷惑がかかる。
「きちんと作戦を立てて、パパ達の手の届かないところに逃がさないと、ダメなのよね」
 そのためには、自分だけではダメだ。
 でも、誰が協力をしてくれるだろうか。
 そう考えて、真っ先に浮かんだのは母方の叔父であるあの人のことだ。言うことであれば、どのようなことでも笑って叶えてくれる。しかし、今回のことはどうだろう。
「……様子を見ながら、話すしかないのかしら」
 協力してくれそうならば、全てを話せばいいのではないか。
 フレイはそう結論を出す。
「あの二人がコーディネイターだってことは、内緒にしておけばいいだろうし」
 母のことを教えれば、そんなことは関係なくなるかもしれない。そんなことも考えてしまう。
「おじさまは、ママを愛していらっしゃるから……」
 だから、母にそっくりな自分もかわいがってくれているのだ。それはわかっているから、とフレイは微笑む。
「だから、きっと、パパを許さないわ」
 そして、あたしも……とこっそりとはき出す。
「ともかく、おじさまに会いに行かないと」
 それと、彼等にも、だ。
 一緒に母のお見舞いに行こうと言えば、まちがいなく予定を開けてくれるだろう。そして、それまでの間は、あの天使達に会いに行けばいい。
 フレイはそう結論を出す。
「必ず、自由にしてあげるから……」
 だから、できれば自分のことを好きになって欲しい。フレイは心の中でそう呟いていた。

 ひっそりと訪れてきた相手に、彼は目を丸くした。
「驚きましたね。どうかしたのですか?」
 それでもためらうことなく招き入れると、こう問いかける。
「お前にこんな話をするのはどうかと思ったのだがな……」
 苦しげな口調で、彼がこう言い返してきた。それから、彼がよほどせっぱ詰まっているのではないか、と判断をする。
 もっとも、それでなければ、ここに来るようなことはなかったのではないかとは思う。
「今更ではないのか?」
 こんな風に不意に連絡を入れられてもためらわずに迎え入れる。自分がそれを許せる相手と言えば、目の前の相手ともう一人しかいない。
 そもそも、彼とそんな友情をはぐくむことも本来であれば許されることではないのだ。自分は、彼等を排除しなければいけない存在として生を受けたのだから。
 しかし、それを諾々として受け入れるつもりはない。
 彼との交友も、そんな反発心から生まれたものかもしれないな、と内心で苦笑を浮かべる。
「そういってもらえれば、ありがたいな」
 なぜなら、今回はものすごく厄介ごとだから……と彼は苦笑とともに言葉を口にした。
「厄介ごと?」
 それは面白そうですね、と思わず口にしてしまう。
「そういう男だよ、お前は」
 基準が……とため息とともにはき出された言葉に、微苦笑を返す。
「でなければ、こんなタイトロープな遊びはできないと思いますが?」
「……私との付き合いは遊びか」
 他の誰かに聞かれたら、思い切り誤解されそうなセリフだな……と彼は言い返してきた。
「いいのか? そういう噂が立っても」
 小さな笑いとともにこう問いかけてくる。
「お馬鹿な女性が近づいてこなくなって嬉しいですよ」
 血統やら何か見ない連中には辟易しているのだ、と言外に告げた。そうすれば、相手は小さく頷いてみせる。
「それで? あまり時間はないのでしょう?」
 何を頼みたいのですか? と問いかけた。
「人を探して欲しい。こちら側でいくら探しても見つからなかったのでね。おそらく、そちらに拉致されたのだろう」
 でなければ、あの状況はおかしすぎる……と、彼は続ける。
「恋人か?」
 彼がここまで本気になるとは珍しい。そう考えてこう問いかけた。
「……あの人の子供だ」
 返ってきた言葉で、思い切り表情が強ばる。
「それなら……まちがいなく、こちらの事情だな」
 あの人の子供であれば、排除するにしても取り込むにしても……と呟く。
「ただ、IDにはそのようなことは書かれていない。もちろん、探ろうとしても不可能なはずだ」
 だからといって、完璧ではない。どのように隠匿しても、ばれる可能性はあるのだ。
「わかりました。そういうことなら、無条件で協力をさせて頂きますよ」
 彼の言う《あの人》は、自分にとっての初恋の相手だった。それが叶えられないことはわかっていても、今でもその気持ちを捨てることはできない。
 それだけは、自分自身のものだから。
「できるだけ早くお知らせしますが……ただ、こちらもおおっぴらには動けませんよ?」
「わかっている」
 疑念をもたれないように密やかに。それでいて迅速に情報を集める。
 それができるかどうかはわからない。
 しかし、やらなければいけないのだ、と心の中で呟く。
 自分自身の憧憬を守るために、絶対に譲れない一線だ。それを失えば、自分はただの人形にしなってしまうだろう。
 それは意地と言っていいのかもしれない。だが、それだけが自分を自分でいさせてくれる唯一のものだ。その事実を自分がよく知っていた。

 しかし、情報は予想外の所からもたらされた。



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