「キラは……落ち着きましたか?」 ラクスがこう問いかけてくる。 「はい」 こう言いながらも、ミゲルはそっとキラの髪をなで続けていた。つい先刻までは、それに子守歌も付いていたのだが、ラクスが入ってきた時点でやめた。 「申し訳、ありません」 「ラクス様?」 「貴方が反対をした理由を、きちんと確認しておくべきでした」 そうすれば、キラを苦しめることはなかっただろう。彼女はそう呟く。 「……私は……キラを守りたかったのに」 それなのに、とラクスは拳を握りしめる。その小さな手から血の気が完全に失せていた。 「しかたがありません」 そんな彼女に向かって、ミゲルは微笑みを向ける。 「俺たちがどんな場所でいたのか。実際にその目でごらんになっていらっしゃらないのですから。それに……俺も、自分の存在を過信していましたしね」 だからお互い様だ、とミゲルは付け加えた。 「今は……キラを安心させてやる方が優先かと」 だから、気持ちを落ち着けて欲しい……とミゲルはラクスに告げる。彼女は他人の感情には聡いから、とも。 「……わかりました」 キラのためであれば、とラクスも体から力を抜く。 「先ほど、貴方が歌っていらっしゃったのは、子守歌、ですわね」 「えぇ。キラが、教えてくれたんです。聞いていると安心できるから、と」 他にも多くのことを教えてもらった。それだけが、あの世界で自分たちに許された自由だったから。 しかし、それが救い手を呼び寄せることになるとは思わなかった。 「……天使様?」 いきなり、こんな言葉が耳に届いた。 誰かが近づいている気配は感じていたが、どうせ、いつもの連中だろう、とそう思っていたのだ。しかし、この声は連中のものとはかけ離れている。 「だぁれ?」 その事実に、キラも気が付いたのだろう。こう問いかけている。 彼女にしてみれば、それは当然の行為だ。だが、相手をここに引き留めるのは得策ではない。 「……わからないけど、すぐに元の場所にお帰り。ここにいるのがばれたら、怒られるぞ」 だから、こう声をかける。 「俺たちは不浄の存在らしいからな。だから、ここで閉じこめられているのさ」 こう付け加えたのはただの皮肉だ。 だが、相手がそう考えていないわけがない。ここにいるのは、あの連中と同じ存在だけだからな。ミゲルがそう考えていたことも事実だった。 「誰が? 誰が、そんなひどいこと、しているの?」 しかし、目の前のお子様はその言葉が信じられないというように、逆に聞き返してくる。 おそらく、彼女をここに連れてきた人間は、自分たちが何をしているのかを隠しているのだろう。自分の子供には知らせたくないと思っているに決まっている。 もっとも、それが彼女の罪なわけではない。 「オコサマは、まだ知らなくていいことさ」 それでも、声に皮肉が混じるのは止められなかった。キラだって、彼女と同じように何も知らないまま生きて行けたはずなのだ。 「だめだよ、そんなこと」 「本当のことだろう?」 その子は《ナチュラル》なんだし……と、キラの言葉を遮った。だから、コーディネイターである自分たちと知り合いにならない方がいい。それが彼女のためだ、とそう思うのだ。 「でも……それは彼女のせいじゃない。そうでしょう?」 キラの言葉に俺は思わず微笑みを浮かべてしまう。こんな目にあっても、キラの優しさは少しも損なわれていない。もっとも、そうさせるために自分たちが努力してきたことも事実なんだけどな、と心の中で付け加えた。 「僕たちが、好きでここにいるわけじゃないのと同じだよ」 コーディネイターに生まれたことも、そうだ。自分たちが望んだわけではない。キラはそう付け加える。 「……閉じ込められて、いるの?」 反射的に少女がこう問いかけてきた。 しかし、自分たちは少し話しすぎたのかもしれない。まだ遠いが、こちらに向かってくる足音がミゲルの耳に届いた。 「何よ!」 ミゲルの視線をどう受け止めたのか。少女はこう言いながらさらに近寄ってこようとする。 「来るな……」 あいつらが……とミゲルは少女に言葉を投げつけた。 「お前、見つかりたくなければ、さっさと戻るか……どこかに隠れていろ」 でないと、後で何をされるかわからないぞ……とミゲルは付け加える。 「ここ、一応、立ち入り禁止区域になっているはずだから」 キラも、彼女に向かってこう告げた。 怒られるのは、いやでしょう? という言葉に、少女は小さく首を横に振って見せた。しかし、それでも素直に植え込みの影に隠れる。 これは、またやってくるかもしれないな。 そんな予感がミゲルにはあった。 あの少女の存在が自分たちにとってプラスになるか、それともマイナスになるのか。 どちらにしても、今までの生活が変わるだろう。そんな予感があった。 「……ミゲル……」 キラがすり寄ってくる。その方を抱きしめてやると同時に、ここ最近、姿を現すようになった嫌な連中の姿がドアから踏み込んできた。 「二人とも……付いてきなさい」 口調は馬鹿みたいにやさしい。しかし、それがさらに自分たちに嫌悪感を抱かせているのだ、と相手は気付いているのだろうか。 それでも逆らうことなんて許されていない。 諦めたようにミゲルはキラを促して歩き出す。 そんな二人の背中を、あの少女の視線が追いかけてきた。 |