三人で身を寄せ合うように過ごすようになったのは、それからすぐのことだった。 もちろん、キラが完全に現状を受け入れているわけではない、と言うことはわかっている。しかし、こうしている以外、何もできないのだ……と悟るには十分な時間があったようだ。 最初からそういう生き方しか許されていない自分たちと違って、キラは自由を知っている。だからかわいそうだと思う。しかし、そんな彼女のためにしてやれることは、本当に少ない……とミゲルは今更ながら思い知らされる。 「……俺たちは、何も知らなかったんだな」 キラが喜ぶようなことは、と呟く。 「あいつらにとって、それは必要ない知識、なんだろうな」 自分たちが覚えなくてもいいと思っていたのだろう。オルガがこう言って苦笑を浮かべた。 「そんな知識は《人間》らしくなってしまうからだろうな」 道具としては使いづらくなる。そういうことだろう、と彼は付け加えた。 「そうだな。だが、それがキラを追いつめている」 話をしようとしても、共通の話題がないのだから……とミゲルは唇をかむ。それくらい想像しておけよ、と自分を連れてきた人間に向かって言いたい。キラを連れてくる前に、最低限の知識を詰め込む時間はあったのではないか。そうも思うのだ。 「……いっそ、キラから教えてもらうか」 連中が教えてくれないなら、本人に聞くしかないだろうし……と呟く。 「あぁ、それがいいかもな」 キラが好きなこともわかるし、何よりも彼女の気が紛れるだろう。オルガも頷く。 「もっとも、それはお前だけにやってもらわないといけないだろうがな」 しかし、その後に続いた言葉は、まったく予想していないものだった。 「オルガ?」 どういうことだ、と言外に問いかける。 「移動、だとさ。何か、俺を欲しがる変わり者が他にいたらしい」 それでも、完全にここから離れるわけではないが……と彼は続けた。 「ここからは、出る時間の方が多くなるだろうな」 昼間はキラとミゲルの二人だけになるはずだ、と彼は笑う。 「……それも、連中の狙いかもしれないけど」 自分は既に《失格》の烙印を押されている。だから、ミゲルとキラをさらにくっつけたいのだろう、とオルガは口にした。 「人の気持ちなんて、そう思い通りになるものじゃないのにな」 自分がキラを好ましいと思っている気持ちの意味がどのようなものなのか、それすらもわかってないのに、とミゲルは苦笑を浮かべる。キラの気持ちであればなおさらではないか。そう思うのだ。 「……あいつらだからな」 あきれたようにオルガがため息をつく。 「あいつらだからな……」 人の心も好きにできると考えているから問題なのだ。ミゲルもそう呟いてため息をつく。 「いやじゃないけど、いやだな」 その状況が……と言えば、その意味を的確に彼は受け止めてくれる。 キラ個人は好ましい。彼女の側にいられることもいやじゃない。だが、その状況を作り出したのがあいつらだ、という事実がいやなのだ。 「その気持ちは、俺も同じだよ」 もっと普通に出逢えれば、無条件でライバルになれただろうに……とオルガは悔しげに呟く。 「キラが選べば、連中だって文句は言わないと思うぞ」 「そうさせたくないから、引き離すんだろうよ」 自分を、とオルガはため息をつく。 「やってられないな」 「そう、だな」 こういった後は、もう何も言葉が出てこなかった。 オルガがいなくなると、こんな場所でも広く感じてしまう。 夜になれば戻ってくるから……と彼は言ってくれたが、どこまで信用していい物だろうか。 「キラ……俺だけじゃ、不満か?」 ミゲルがこう問いかけてくる。 「そういうわけじゃないけど……寂しい、かな?」 いつも側にいてくれた人がいなくなると……とキラは呟くように口にする。両親も、気が付いたときにはいなくなっていたし、とそう彼女は付け加えた。 「悪い、キラ……」 言葉とともに、ミゲルがキラの体を抱きしめてくる。 「ミゲル?」 どうしたのか、とキラは彼に問いかけた。 「こう言うときに、お前にしてやれることを、まじで知らないんだよな、俺は」 何をしてやればいい? とミゲルは苦しげに呟く。 「……今は……抱きしめていて……」 今は、それだけでいいから……とキラは微笑む。 「本当はね……こう言うときは、子守歌を歌ってくれればいいんだけど……ミゲル、知らないでしょう?」 だから、とキラは付け加える。 「……ごめん……」 彼が悪いわけではない。それなのに、彼はこう言って謝ってくる。 「気にしてないから」 側にいてくれるだけでも十分だ、とキラは思う。もう二度と側にいてくれない人たちも多いのに、彼はこうしていてくれるから、と。 「……わかった」 言葉とともに、ミゲルキラの体を抱きしめている腕に力をこめた。 「でも……キラがその気になったら、教えてくれ」 好きなだけ、歌ってやるから……と彼は続ける。 「うん」 その言葉にキラはうっすらと微笑んで見せた。 しかし、それが全ての転機になるとは思っても見なかった。 |