「では、そのようにお願いします」
 目の前の相手がこう言って頭を下げる。
「わかっているよ。しかし……一応、確認だけはさせてもらうよ」
 いろいろな意味で……とバルトフェルドは付け加えた。その言葉に、彼は微かに視線を揺らす。
「わかっています」
 しかし、次の瞬間にはきっぱりとした口調でこういった。
「あちらも、それは覚悟しているはずですから」
 だから、遠慮しないでくれていい。そういいきる彼の表情には、不安以上に信頼が現れている。
「そうか」
 それだけ相手を信頼しているのだろう。
 もっとも、そうでなければこのような無謀といえるような計画を開始するはずがないだろう。そう思い直す。
「なら、手加減はしないよ」
 殺すところまではしないが……と付け加える。
「どうぞ」
 あちらも同じ気持ちだろうから、と彼は言い返す。
「……世界を変えるには、そのくらいの覚悟が必要だと言うことは……よくわかっていますから」
 たとえ自分たちが傷ついても、それでも……と彼は笑う。しかし、その裏にどれだけの葛藤が隠されているのだろうかとバルトフェルドは微かに眉を寄せる。
「では、失礼します」
 しかし、それを問いかける間を相手は与えない。
 言葉とともにきびすを返すと、バルトフェルドの前から立ち去っていく。その後ろ姿を見つめながら、彼は小さなため息をついた。
「一番、辛い道を選ぶのか……彼等は」
 それでも、自分たちが決めたことだから、弱音は吐かないのだろう。そう思ったときだ。
「アンディ」
 背後から、そっと呼びかけられる。その声の主が誰であるのか、確認しなくてもわかった。
「見つかったか?」
 だから、振り向くことなくこう問いかける。
「えぇ……もう少し、時間がかかった方がよかったかもしれないけど、ネ」
 そうでしょ? と言われて、初めてバルトフェルドは視線を彼女の方に向けた。
「立場上、それに関しては何とも言えないのだよ、アイシャ」
 自分はね、と苦笑を浮かべる。
 たとえ、そう思っていても、だ。
「大変ネ」
「しかたがあるまい」
 責任者というものは、そういうものだから……と彼は笑う。自分だけではなく、同じような考えを持っているものはまだまだいるはずだ。だが、それでもどうしようもないのが現状だと言っていい。
「手っ取り早いのは、さっさと戦争を終わらせてしまうことなのだがね」
 それが一番難しいことでもある。
 だからこそ、彼等は危険な賭に出たのではないか。
 必要と思う場所に深く食い込み、闇に隠れて暗躍しているものを昔日の元にさらし出す。
 それができるのが今だ、と考えたのだろう。
「……ともかく、我々は、自分たちにできることをするだけだよ」
 協力できることがほんのわずかだとしても、彼等の手助けになればいい。そう思うのだ。
「そうネ」
 それしかないだろう、とアイシャも頷く。
「だが、その前に彼等の実力を知らなければいけないのだよ、我々は」
 自分だけではなく、周囲の者達の命を預けてもかまわないかどうか。その判断を下すために、とバルトフェルドは付け加える。
 自分一人だけならば、無条件で協力をしたい。いや、彼等が『いやだ』と言っても協力をしていただろう。
 しかし、今の自分にはその生死に責任を持たなくてはならない大勢の部下達がいる。彼等のことだ。バルトフェルドがこうと決めれば当然のようについて来るだろう。
 それだからこそ、この賭がどれだけ勝率を持っているのかを知らなければいけない。
「……難しいわネ」
 そんなことを考えなければいけないなんて……とアイシャは苦笑を浮かべる。
「そうだな」
 だが、それもしかたがないことだ、とバルトフェルドは心の中で呟く。
「ということで、ダコスタ君を呼んできてくれるかな? 取りあえず、出かけてきたいからね」
 後は、バクゥを何機か、連れて行こう……と気持ちを切り替えるように口にした。
「ラゴゥは?」
「今はいいだろう。今回はあくまでも斥候だからね」
 戦いを目的にしているわけではない。そう付け加える。
「そういうことだから、君も待機だよ、アイシャ」
 その代わりにして欲しいことがある……と付け加えた。
「残念ネ」
 口ではそういいながらも、アイシャはどこか楽しげだ。
「で、何をすればいいノ?」
「取りあえずは、ちょっとした調べもの、かな?」
 裏付けが欲しい、という彼に彼女は頷いてみせる。
「全ては、それからだ」
 言葉とともに、彼等は行動を開始した。



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