「キラ……何も、心配はいらない」
 こう言いながら、力強い腕が自分を抱きしめてくれている。
「……ミゲル……」
 自分を包み込んでくれるぬくもりがキラの中に安堵感を生み出してくれた。
 それは、あの場所でも同じだった。
 こんなことを考えながら、キラは静かに目を閉じる。そうすれば、彼の鼓動がキラを包み込んでくれた。

 パニックに陥ったキラを抱きしめてくれたのは両親ではなかった。でも、そのぬくもりは同じくらい温かかいものだ。
「……ここ、どこ?」
 少しだけ落ち着きを取り戻したキラが小さな声でこう問いかける。その瞬間、二人は表情を曇らせた。
「ねぇ、どこ?」
 キラは繰り返しこう問いかける。
「……鳥かご、だよ」
 ようやく、鮮やかな金髪の少年がこう口にした。
「ミゲル!」
 即座にもう一人の少年がそれをとがめるように一つの名前を口にする。と言うことは、今自分を抱きしめてくれている少年の名前が《ミゲル》なのだろうか。意味もなく、キラはそんなことを考えてしまう。
「本当のことだろう、オルガ」
 そしてミゲルと呼ばれた少年が、もう一人に向かってこう言い返している。
「ここは、確かに清潔で安全だが……自由に外に出ることも、誰かと触れあうこともできない」
 そんな場所に一番近いのは鳥かごじゃないか。ミゲルはさらにこう付け加えた。
「……だからといって、何もわからない人間に言うべきセリフじゃないだろう」
 もう少し落ち着いてからでもよかったのではないか。オルガはこう言い返す。
「真実は変わらないだろう?」
 だったら、さっさと教えてしまった方がいいじゃないか、とミゲルは口にする。
「ともかく……ここの中で大人しくしていれば、誰も何もしない。それだけは事実だ」
 だから、大人しくしていてくれ……とミゲルはキラの耳に囁いてきた。
「俺たちは、お前のためにできることを、何でもしてやるから……」
 言葉とともにミゲルはキラを抱きしめる腕に力をこめる。
「そうだな……できることなら、何でもしてやるよ、俺も」
 言葉とともに、オルガがキラの髪にそっと触れてきた。
「だから、ここで大人しくしていてくれ」
 彼等の気持ちは嬉しい。それでも、素直に頷けない……とキラは心の中で呟く。
 しかし、自分に何ができるかというとそれもわからない。だから、キラは静かにミゲルの腕の中で涙をこぼした。

 気に入らない。
 彼は目の前の報告書を見た瞬間、心の中でそうはき出していた。
「何を考えているのでしょうね、あの人達は」
 自分の遺伝子がどのように使われたとしても、文句は言えない。自分が知らない場所で自分の血をひく存在が誕生していた、としてもだ。
 しかし、実験材料にされて嬉しいかと言われれば、答えは『否』だ。
「口では、何とでも言えるでしょうが……」
 それならば、どうして自分たちの遺伝子を持つものをその実験に差し出さないのか。そういいたくなってしまう。
 結局は、自分たちの遺伝子は優秀で、それ以外は劣っているのだ……と言いたいのだろう。だから、そんな実験には使えないと言いたいのではないか。
「と言うことは、そんな者達の中でも、僕の遺伝子は《不合格》だったというわけですね」
 訓練次第では、いくらでも優秀な才能を身につけることができるのに、それでは気に入らないらしい。
 彼等が欲しいのは、生まれながらにコーディネイターに負けない才能を持った《天才》なのだ。そのために、優秀な遺伝子を掛け合わせている。それでも《天才》など、滅多に生まれるわけはない。
 だから、今度は人工的に《天才》を作り出そうとしているようなのだ。
 それは生まれる前に最良の組み合わせになるよう、遺伝子を操作するコーディネイターと何が違うのか。
 そんなことも考えてしまう。
「……競走馬でもあるまいに……」
 一番最初にそういったのは、確か年下の友人だったはず。
 彼は、コーディネイターではないがそれに負けないだけの知識と技能を身につけていた。それは、彼を育ててくれた人たちのおかげだ、とそういっていたはず。
「そういえば、彼は今、何をしているのでしょうね」
 自分たちの望まない世界なら、一度壊して新しく作り直してしまえばいい。そう言って笑っていた彼のその表情がまぶしかった。自分はその時にはもう、全てを諦めた方がいいのではないか。そう考えるようになっていたのだ。
 だが、たとえ失敗したとしても何もしないよりマシだ、とそういった彼に、思わず感嘆をしてしまったことも事実。
 だからといって、自分に何ができるのか。そういわれればわからない。
「もっとも、協力をして欲しいと言われれば、やぶさかではありませんがね」
 自分も、現在の状況が正しいとは思えないのだ。
 自分たち以外の存在をただの《駒》としか見ていないようなあの者達の考え方には吐き気さえ覚える。
 彼らさえいなければ、あるいは……と思うことも多い。
 何よりも、自分をがんじがらめにするこのしがらみから逃れたい、とそう思うのだ。
「とはいうものの、そのためにもある程度の権力は必要でしょうね」
 まだ顔を合わせたことがない《我が子》を、守るためにも……と彼は笑う。
「しかし……これだけの被害を出してまでも、何も知らぬ少女をさらってくる必要があったのでしょうか」
 それも、コーディネイターの……と改めて彼は書類に目を通す。
「調べてみる必要があるかもしれませんね」
 この少女が何者なのかを……と小声で付け加える。何か、記憶に引っかかるものがあったのだ。
「しかし……何を考えているのか」
 あの年齢の子供達を同じ場所に閉じ込めるなんて、とそう思う。もちろん、彼等が何を望んでいるのかは簡単に想像ができる。しかし、それは本当にあの子供達を道具としてしか見ていないと言うことではないか。
「誰が関わっているのかも、調べておきましょうね」
 これが何かの転機になるかもしれない。その予想が当たっていると彼が知ったのは、それからしばらく経ってのことだった。



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