いったい、どうして自分がここにいるのか。
 そんなことを考えたことはなかった。それは、他の者達も同じだった。
 ただ、戦うことを教えられ、命じる者達のために行動をする。それが正しいことだ、といわれてきたのだ。
 それなのに、どうして自分はそれが『正しい』と思えなかったのか。他の者達の態度を見ていれば、ここでは自分が《異端》だと言うことはわかっている。それでも、どうしてもその感情が消せなかった。
 そして、それが命じる者達にとって忌々しいものだったらしい。
 自分の存在は他の者達に悪影響を与える。だから、できれば排除したいと思っていたようだ。しかし、それができない理由があったらしい。それがあるから、自分はこうして生きていられるのだろう。
 だからといって、それを知りたいとは考えたことはない。
 それを知ったとしても、何の意味もないことだ。
 それよりも、ともかく、今日を生き延びなければいけない。
 生き延びなければ、意味がないから……とそれだけを考えていた。
 そんなある日のことだ。
「これが、そうか?」
 いつも通りの日課をこなそうとしていたところで、不意に見知らぬものが自分の前に立ちふさがる。
「ふむ……取りあえず人形だけあって顔はいいな」
 これなら、あれも気にいるかもしれない。血統も悪くないからな、と何故か勝手に納得をしているようだ。
「来い」
 そして、その人物はこう命じてきた。だが、それでいいのか……とそう思う。さりげなく視線を向ければ、自分たちを監視している男がその人物の後ろにいるのはわかる。
「ご指示に従え」
 その男がこういった。
 と言うことは既に決定された事項なのだろう。ならば、自分に反論の余地はないはず。
 それに、と心の中で呟く。
 どこに行っても、ここと同じであろう……とそう思うのだ。
 だったら、別段、指示を出す人間が誰になろうともかまわない。
「わかりました」
 だから、何の感情もこめずにこう告げる。
「よい返事だな」
 くくっとその人物は笑う。
「なら、来い。持っていくものなど、何もないだろう?」
 ここに、という言葉に反射的に頷く。
 そう。ここには何もない。
 自分の名前すら、ここでは意味がないものだった。自分自身でも、ほとんど忘れかけているほどに。
 だから、言葉通りに自分自身だけでその人物の後に従ったのだった。

 その人物によって連れて行かれたのは、今までの世界とはうってかわって光にあふれる場所だった。もっとも、ここでも閉じ込められていることは変わらない。
 しかし、ここでは今まで身につけてきた知識とはまったく違うものを学ばされるようになった。  違いはそれだけではない。
 ここでは、誰もが自分を名前で呼ぶのだ。
「……何なんだよ、ここは」
 思わず、こう呟いてしまう。
「諦めるんだな」
 もう一人、ここに連れてこられた同じ年齢の少年が苦笑とともにこう告げる。
「あいつらが必要だと思っているんだ。俺たちに逆らう権利はない」
 そうだろう、と言われて静かに頷く。
「だが、何の意味があるんだ、これは」
「……ここにもう一つ、部屋があるだろう? そこに誰かを連れてくるつもりらしいんだよ」
 話からすると女らしい、とそいつは続ける。
「女? 俺たちの間に女を放り込んでどうする気だ?」
「……要するに、俺たちのどちらかとくっつけたいんだろう」
 そうすれば、女が逃げられないと思っているらしい……と言うセリフに思わず眉を寄せる。
「と言うことは、そいつは俺たちとは違うんだ」
「だろうな。外から連れてくると言っていたってことは」
 つまり《外》で《普通》に暮らしていた人間を無理矢理連れてくると言うことか、とそう判断をした。
 もっとも、あの連中であればそのくらい普通にするだろう。
「……かわいそうにな……」
 そうは思うが、それ以上何も何もできない。
「そうだな」
 彼の方も、それはわかっているのだろう。小さなため息とともにこう告げる。
「あいつらの思惑に乗るのは不本意だが……できるだけやさしくしてやるしかないだろうな」
 せめてもの慰めに、と付け加えれば彼も頷いてみせた。
「その結果、どっちを選ぶかは……相手の自由、ということでいいか」
「そうだな。そのくらいの自由は、せめて与えてやらないとな……」
 他のことに関してはもう、選択を与えられなくなるのだから。そう考えれば、相手がかわいそうになってしまう。
「と言うわけで、文句なしだぞ、ミゲル」
「残念だが、お前が選ばれることはないと思うぞ、オルガ」
 こんなセリフを口にした後、思わず顔を見合わせて笑いを漏らす。

 もっとも、ミゲルはともかく、オルガは相手に会う前にその権利すら取り上げられたが。



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最遊釈厄伝