目が覚めたとき、視界の中に広がったのは見知らぬ光景だった。
 その事実が、キラを一瞬、混乱の中に落とし込む。
 あの時も、目を覚ましたら見知らぬ場所に閉じ込められていたのだ。それまでは、父と母に守られて、平穏に暮らしていたのに。
「……いやっ!」
 キラは思わず、体を震わせてしまう。
 大きく見開かれた瞳は、現実ではないものを映し出す。
「キラ!」
 よく知っている声が耳に届く。しかし、それが誰のものであるかを認識する前に、キラの意識は過去へと引き戻されてしまう。
 それはある意味甘美な悪夢の世界だった。

 月が危険になったから。
 その理由で、キラが両親とともにそれまで住んでいたコペルニクスを離れたのは、彼女が十三歳の時だった。
「……オーブ本土って、どんなところ?」
 地球に降りたことがなかったから、キラは無邪気に喜んでいた。
「きれいな所よ。でも、すぐにまた引っ越すことになるわ」
「お父さんの仕事だと、宇宙にいた方がいいからね」
 それは我慢してくれ、と口にしながら、父がキラの髪をなでてくれる。
「いいよ。お父さんとお母さんが一緒にいてくれるなら、僕はどこでもいい」
 でも、とキラは小首をかしげた。
「お兄さん達も一緒だと、もっと嬉しいけど」
 年に何度か顔を見せてくれる《お兄さん》もキラは大好きだった。だから、彼も一緒にいてくれるともっと嬉しいと思う。
「そうね。キラはラウ君が大好きだものね」
 大丈夫よ、と微笑みながら、カリダがキラの頬を手のひらで包んでくれる。
「きっと、必ず、みんなで一緒に暮らせる日が来るわ」
 だから、それまでは我慢してね? と彼女は少し寂しげに微笑む。
「うん。アスランにもまた会いたいし……だから、僕、それまで大人しくしているよ」
 でないと、みんなが困るんだよね……と付け加えたのは、わずかとはいえ、自分がどのような立場に置かれているのかを聞かされているからだ。だから、こうしていることも気にならない。
「キラ……」
 しかし、キラの言葉を耳にした両親は何故か顔をゆがめてしまう。
「……どうかしたの? 僕、変なこと、言った?」
 それに不安を感じて、キラはこう問いかける。
「何でもないわ」
「キラが頑張れば、きっと願いは叶うよ」
 すぐに両親は表情を和らげるとこう微笑んだ。
「お父さんも頑張るからな」
 たくさん、とハルマが言えば
「お母さんも、ね。キラが大きくなってくれたから、またお仕事を本格的に始めようと思うの。貴方を一人でうちに残しておくのは不安だけど」
 それでも、やらなければいけないことだから、とカリダも言葉を綴る。
「そんなにひどくない、と思うけど……」
 彼女たちの言葉に、キラは視線を周囲に彷徨わせた。自分が、そちら方面で家族に信頼がないことは、十分身にしみているのだ。
「まぁ、ちゃんと毎日帰るようにするし……警察沙汰にならないようにだけ気を付けてくれればいいよ」
 その言葉は何なのか。
 そういいたくなる気持ちを、キラは必死に抑えた。
「……ばれてたの?」
 代わりにこう呟くように口にする。
「貴方の親ですもの」
「子供の不始末の尻ぬぐいをするのも親の役目だからね」
 もっとも、キラの場合、いまだに相手にその事実を知られていないのだから、実力的には問題はないのだろうけどね……とハルマは微苦笑とともに付け加えた。
 しかし、キラには父に知られていたという事実の方が驚きだったと言っていい。
「アスランにも、内緒にしておいて、って言っておいたのに」
 思わず、こう呟いてしまう。
「アスラン君が悪いわけじゃないけどね」
 彼はちゃんとキラとの約束を守ってくれていたから、とハルマは笑みを深めた。
「でも、私はキラのお父さんだからね」
 当然のことだよ、と口にする。
「……お父さんって、凄い」
 そんな彼に向かって、キラはこう告げた。その瞬間、ハルマの笑みがさらに輝く。
「あらあら。お父さんだけずるいわ」
 カリダが真顔でこう言ってくる。
 そんな幸せな時間が、ずっと続くものだ、とそう思っていたのだ。

 しかし、それはあくまでも幻想でしかなかった。
 幸せは、あっという間に崩れてしまうもの。
 目の前で、キラはそれを見せつけられてしまった。

 自分を抱きしめる腕からぬくもりが消えていく。
 それでも、しっかりと抱きしめてくれている体を強引に引き離した男が自分に向けたのは、まるで道具を見るような嫌な視線だった。
 それから逃れようとキラはもがく。しかし、そんな彼女の口元にいきなり何かが吹きかけられる。
 次の瞬間、キラは意識を失った……



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