屋内は息がつまる。
 フェンスの内側であればあまり人目に付かないから、ということで出てもいいという許可をもらっていた。それがありがたい、とキラは思う。
 屋内にいればわからなかったがもう、外は夕闇に包まれている。その中で白い月だけがその存在を刻んでいた。
「キラ! どこにいる?」
 それを見つめていたときだ。カガリの声が耳に届く。
「ここだよ」
 もう少し、夕暮れの風景を見ていたかったんだけど。そう思いながらキラは言葉を返す。同時に、そちらに向かって歩き出そうとした。
「……キラ……」
 その時だ。
 キラの耳に、聞いてはいけない声が届く。
 反射的に視線を向ければ、夕暮れの中に宵闇の髪が見える。
「……アスラン……」
 彼がここにいるだろうと言うことは、ニコルから聞いていた。だが、それとこれとは別問題だ。
「キラ! 早く来ないとあいつがキレるぞ」
 ため息混じりのカガリの声が次第に近づいてくる。
「キラ、おいで……俺が守るから」
 その事実に焦ったのか。アスランがこんなセリフを口にした。
「お前は、戦いに向くような人間じゃない。だから、早く!」
 アスランのその言葉は、自分を思いやってくれているから出てくるのだろう。それはキラにもわかる。しかし、それと実際にアスランの手を取れるかどうかはまた別問題なのだ。
 自分にはやらなければいけないことがある。
 だから、アスランの手を取ることはできない。それはあの日からまったく変わっていない現実だ。
 キラは小さく首を横に振ると、そのまま後じさる。
「キラ! どうしたんだ?」
 しかし、アスランはそんなキラの行動が信じられなったらしい。言葉とともにフェンス越しに思い切り手を伸ばしてくる。
「……ダメ。僕は、いけない……」
 自分にはしなければならないことがあるから、とキラは口にした。そして、そのままきびすを返そうとする。
「ダメだ、キラ!」
 そんなこと、認められるか! とアスランは叫ぶ。それでは、他の誰かの耳に入ってしまうのではないか。
 彼の姿を見れば、間違いなくモルゲンレーテの警備員達が拘束しようと動き出すはず。そして、アスランはそれを阻止しようと暴れるはずだ。そうなれば、どちらも無事ではすまないだろう。それだけの実力を彼が持っていることを、キラは知っている。
 だからといって、彼と行くことはできない。
 これは変えようがない大前提だ。
「アスラン! ダメだよ。見つかるから……」
 だから、せめてこの場から立ち去って欲しい。そう思ってこう叫ぶ。
「お前を置いていけるか!」
「何、世迷い言言ってんのよ!」
 アスランの言葉を遮るかのようにフレイの怒鳴り声が周囲に響いた。
「……えっ?」
 何故、彼女がここにいるのだろうか。アークエンジェルで待っていたはずでは……と思いながら、キラはぎくしゃくとした動きで視線を向ける。
「キラを見捨てただけじゃなく、苦しめているような人間に、キラを渡せるわけないでしょ!」
 そういいながら、フレイはキラに駆け寄ってきた。そして、その体をしっかりと抱きしめる。
「キラだけじゃないわ! あんた達のせいで居場所をなくなったみんなも見捨てたくせに!」
 文句があるなら、自分に言いなさいよ! とフレイはいつもの口調で告げた。
「フレイ……」
 普段は頼もしいと思う彼女の言葉も、アスラン相手ではちょっと……とキラは思う。彼の場合、こんな風に反発をされると逆効果だったような気がするのだ。それとも、この三年の間に、少しは変わったのだろうか。そんなことも考えてしまう。
 しかし、フレイの方はまったく気にする様子を見せない。
「そんなところで猿みたいにフェンスにくっついていると、警備の人に見つかるわよ!」
 追い打ちをかけるように、彼女はこんなセリフを口にした。
「……猿……」
 さすがのアスランも、こんなセリフを言われたことはないのだろう。呆然とした表情を作っている。
「そうよ! 動物園の猿が、今のあんたと同じことをしていたわよ!」
 そういう問題ではないような気がするが……とキラは思わず頭を抱えたくなった。だが、今はそれどことではないらしい。
「キラ! フレイも、そこにいるのか?」
 何をしているんだ、と口にしながらカガリがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
 アスランもそれに気付いたらしい。
「……俺は、諦めないからな、キラ……そいつらが俺の邪魔をするなら……排除するだけだ」
 覚えておけ! と言い残すと、そのまま彼は体の向きを変える。そして、フェンスの周囲を覆い尽くすかのように植えられている木々の中へと姿を消した。
「……あれ、本当にあいつらと同じ人種?」
 そして、キラの友達だったの? とフレイは真顔で問いかけてくる。
「そうだよ。月にいた頃は……あんな風に、誰かをどうこうするなんて言うような人間じゃなかったのに……」
 ユニウスセブンでお母様を亡くされたからかな……と、キラは呟く。
「それなら、あんたもあたしも、一緒じゃない……」
 そんなことぐらいで、あんな風な馬鹿になるような男は、さっさと見捨ててしまえ! とフレイは口にする。
「そう、できればいいんだけどね」
 苦笑とともにキラは言葉をはき出したときだ。
「ここにいたのか、二人とも」
 ほっとしたような表情でカガリが駆け寄ってくる。
「何かあったのか?」
 そのまま、彼女はこう問いかけてきた。
「ここって、猿でもいるの?」
 そんなカガリに、フレイが真顔でこう問いかけている。
「猿?」
「さっき、あっちの方から物音がしたのよ。そうしたら、木の上に黒い影が見えたから」
 猿かなって思っただけ……とフレイは付け加えた。その瞬間、カガリの表情が強ばる。
「どうかしたの?」
「……何か、不信人物が入り込んでいるらしい。キラが作ってくれたアストレイのシステムを取り出そうとした痕跡があると、エリカ主任が言い出したんだ」
 だから、フレイを呼び出してキラの側に置いておこうって言う話になったのだ、と彼女は続けた。
「だから、十分に気を付けてくれ」
 一番ねらわれるとすれば、キラだろうから……という言葉に、フレイがキラの腕にしがみつく腕に力をこめる。
「私たちも、必ずお前を守るから」
 こう言ってくれた、カガリの言葉は真実だった。

 だが、悲劇は別の場所で起こってしまった……



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