このフェンスの先に、キラがいる。
 それがわかっているのに、自分はここから先に進めない。
 その事実が、アスランの中で苛立ちを深めていた。
「キラ……」
 どうして彼は、自分の手を取ってくれないのだろうか。
 月にいた頃は、いつでも自分の後を追いかけてくるような、そんな性格の子供だったのに。
 それなのに、今は自分の言葉に耳を貸してくれない。それどころか、銃口を向けるようなことまでしている。
 でも、とアスランは心の中で呟く。
 そうしていながらも、キラはきっと傷ついているはずだ。
 守りたいと思うと同時に傷つけたくない……とも願っているに決まっている。いや、自分が知っているキラであればそうであるはずだ。
「馬鹿だよ、お前は」
 ナチュラルなんて、切り捨ててしまえばいいのに。もちろん、切り捨てられない存在がいることだって、わかっている。しかし、それをナチュラル全てに広げる必要はないだろう。そう思うのだ。
「おじさまとおばさまだけなら、今の俺でも何とかできるのに」
 それなのに、キラは《友達》を見捨てられないから、とそう叫んでいた。
「俺は……お前の友達じゃないのか?」
 もう、どうでもいい存在なのか、とアスランはそう呟く。
「そんなこと、許されるわけないだろう!」
 自分にとって今でもキラは大切な存在だ。彼だけが、レノアの記憶を共有してくれる。父ですら、それは不可能なのだ。
 だから、とアスランは拳を握りしめる。
 キラにも、自分と同じくらいの気持ちを返して欲しいのだ。それが自分勝手な考えだろうと言うことはわかっている。それでも、とアスランは思う。
「俺には……キラしか、残されていないんだ」
 平和の中で、何の屈託もなく付き合ってくれた幼なじみ。
 彼まで失ってしまえば、自分の回りに残るものは《ザラ》の名前を目当てに集まってくる者達か、それでなければライバルだけだ。
 だから、彼を取り戻す。
 アスランの中で、それは既に正しいこととして認識されている。
 ラクスの言葉も、既に脳裏からは消え去っていた。いや、最初から意味を持ったものとして認識されていなかったと言った方が正しいのかもしれない。
「だから、ね。キラ……」
 君が嫌と言ってもつれていくよ……とアスランは嗤った。

 その光景を、彼等はこっそりと見つめていた。
「あそこまで行くと、ある意味感心しますね」
 小さなため息とともに、ニコルがこう呟く。
「確かにな。あそこまで誰かに執着できるのは……感心するしかないな」
 もっとも、執着されている本人は不幸だとしか言えないかもしれないが……とラスティがため息をついた。
「それよりもさ」
 だが、それよりも聞き逃せないセリフがあったような気がするのは錯覚だろうか。そう思いながら、彼は言葉を重ねる。
「俺たちって、あいつにとって何だったわけ?」
 自分とミゲルは死んだことになっているが、まだニコルは生きてアスランの側にいるではないか。そんなニコルよりも《キラ》の方が大切、というだけならば、まだいい。だが『キラしかいない』というのはおかしいのではないか。
「まぁ。アスランですから」
 目の前にキラがいるかもしれないと考えていて、血迷っているのだろう。フォローになっているのかいないのかわからないセリフをニコルは口にしてくれる。だが、それこそがニコルの真骨頂だから、あえてつっこむ気にもなれない。
「しかし、アスランはキラさんが女性だとは、本当に気付いていないんですね」
 キラ達の努力が実ったと言うべきなのか、それとも……とニコルは呟く。だが、それもしかたがないことなのだろう、とあの説明を聞いてしまえば言うしかない。
「十三なら……微妙だろうからな」
 ごまかそうと思えばぎりぎりごまかせる年齢だ。
 今もキラは自分の性別を隠しているが、それはくすりと協力者の存在があるから可能なのだろう。だが、それでもキラ自身にかなり負担がかかっているのではないか、とそう思う。
「そうですね」
 自分たちがあったのが、ミゲルと一緒にいるときのキラだからこそ、余計に違和感を感じるのかもしれない。
「しかし、どうしましょう」
 自分が協力するのはかまわないが、アスランの様子を見ていると彼の側から離れるのも不安だ、とニコルは口にする。
「それに関しては、隊長が何とかするんじゃねぇ?」
 まさかあの人までも、とそう思わなくもない。だが、それだからこそ、あの仮面を身につけていたのか、と言われてしまえば納得できてしまうのだ。
 そんな彼は、まだ、ザフトに残るのだ、という。
 そして、誰かまでは教えてもらえなかったが最高評議会議員の中にもこちらに協力してくれている人物はいるらしい。だから、アスランの監視は大丈夫だろう。
「問題なのは、ここから出る前の話だって」
 ここでキラに何かあれば、大きく計画がずれる。それではいけない。
「アスランを止めなければ行けないわけですね」
「そういうこと」
 そのために、危険を承知でニコルをこちらに引き込むことにしたのだ。もっとも、そう考えているラスティにしても、ニコルよりもほんの少しだけ早く真実を知らされたばかりなのだが。
「任せて、かまわないな?」
「もちろんです」
 きっぱりとした口調でニコルは頷く。
「なら、頼むな。俺は、多分ここでお前らのフォローだ」
 ミゲルは今までの通りあちらこちらを飛び回ることになるのだろう。そして、クルーゼはザフト内で必要な行動を取るはずだ。
 それぞれがそれぞれの役目をきちんと果たせるかどうかで、全ては決まる。それもわかっていた。
「じゃぁ、またな」
 だから、いつまでもぐずぐずしているわけにはいかない。そう判断をしてラスティはこう告げる。
「えぇ。またお会いましょう」
 ニコルもまた微笑みとともにこう言い返してきた。そのまま軽く手をあげると、彼は歩き出す。ラスティもまた、彼とは反対方向に歩き出した。



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