まさか。 ニコルは一瞬、自分の目が信じられなかった。しかし、どう考えてもあの後ろ姿は自分が知っている人物のもののように思える。 あの時、彼は死んだはずだ。 だが、実は生きていてオーブに助けられていたとするならば、それを彼の家族に伝えなければいけない。できるならば、彼を本国へ連れて帰りたい、とも思う。 「確認しないと……」 誰かに連絡を取ってから行動した方がいいことがわかっている。 しかし、それでは目の前の人物を見失ってしまう。それでは意味がないのではないか。 そう判断をすると、ニコルはできるだけ気配を消してその人物の後を追いかける。もっとも、相手も同じ訓練を受けているのだ。気付かれている可能性の方が大きいだろう。 しかし、何故。 彼はためらうことなく建物の内部に足を進めていく。 その様子から、それなりの回数、ここに足を運んでいるように思える。 だが、ザフトの軍人である彼が、どうしてモルゲンレーテの建物に詳しいのだろうか。そんなことも考えてしまう。 最初から、彼は……と考えて、ニコルは慌てて首を横に振った。 「そんなはずがないことを、一番よく知っているのは、僕たちでしょうに」 彼はあの時まで、プラント本国を一度も出たことがない。それはよくわかっている。そして、プラント国内で他国の人間が不審な行動を取ることは不可能だと言っていいのだ。 だから、何かあったとするのであれば、あの後だろう。 それを確認しなければいけない。 しかし、とためらう声もある。 誰かが恋にこのような状況を作り出しているのではないか。そんな気持ちもないわけではない。でなければ、こんな所まで、誰にも見とがめられずに進めるはずがないだろうとも考えるのだ。 「……ついでですから、知りたいことを確認させて頂きましょうか」 ここまで入り込んでしまえば、どこかで端末ぐらい操作できるかもしれない。そこから、ある程度のデーターが引き出せるのではないか。そう思う。 しかし、そんなことを考えていたために、一瞬、目の前の人物から意識がそれてしまった。その間に、通路を曲がってしまったらしい。ニコルのしかいから、その姿が消え失せていた。 「……しまった……」 余計なことを考えていたせいで……と後悔してももう遅い。 戻るか。それとも追うか。 そう考えて、とっさに後者を選ぶ。 見つかる危険を覚悟の上で、歩を早めた。そして、彼が曲がったとおぼしき通路までかける。 「どちら、でしょうか」 右か、それとも左か。 ここで、間違えてしまえば、二度と彼の姿を見つけることは不可能に思える。 だが、視線の先に彼の姿はない。 焦りの中で、ニコルが判断を迷っていたときだ。誰かが彼の肩を叩いた。 「っ!」 とっさに身構える。 「予想通りの行動を取ってくれて嬉しいよ」 しかし、そこにいたのは自分が追いかけていた人物だ。しかも、見知った微笑みを口元に刻んでいる。 「何で、こんな所にいるんですか! ラスティ!!」 場所も忘れて、ニコルは思わず叫んでしまった。 「……フレイもここに呼べればよかったんだけど……」 さすがに、彼女の今の立場では無理だった……とキラが呟く。 「そっちは心配いらないって。あの人が何とかしているはずだ」 ついでに、知り合いを引きずり込むと言っていたぞ……と笑いながらミゲルは言葉を返した。 「知り合い?」 誰だろう、とキラは小首をかしげている。すぐに思い当たる相手がいないらしい。 まぁ、普通はそうだろうな……とミゲルも思う。自分だって、最初は信じられなかった。だが、先入観を捨てて相手を確認すれば、二人はよく似ていると思える。 「そう。外見だけなら、よく似ていると思うぞ」 この言葉に、キラはまた首をかしげてしまった。考えてみれば、キラが知っている彼の素顔はあの時に見たものだけだ。だから、今の彼の姿が想像できないのだろう。 「すぐにわかるって」 そっちに関しては……とミゲルは微笑む。 「うん。そうだね」 この言葉に、キラも取りあえず納得したらしい。ふわりと微笑んでくれた。そうすれば、本当に彼女は可愛らしいと思う。それでも、まだ少年のふりをしなければいけない。それが少しだけ悲しいかもしれないと、そう思う。 はっきり言って、キラの本来の姿は誰よりも可愛らしいのだ。 でも、本人は生まれたときから《男》として生活をしていたから、現状に違和感はないらしい。彼女が《女》として扱われていたのは、あの時だけなのだ。それはそれであまりいい状況ではないのではないか。そんなことも考える。 「俺。入っていい?」 しかし、それをいつまでも考えている時間はなかった。 「……ミゲル?」 その声を耳にした瞬間、キラが腕の中で身を強ばらせる。 「大丈夫。俺とあの人が必要だって思った人間だから」 そして、これから絶対に必要になるはずの相手だ、とそう付け加えた。 「開いてる。入っていいぞ」 こう言葉を返せば、即座にドアが開かれる。そして、モルゲンレーテの作業服を身に纏ったラスティとニコルの姿が滑り込んできた。 「えっ?」 ニコルの瞳がミゲルの姿を捕らえた瞬間、彼の表情が強ばる。 「元気そうだな、ニコル」 にやりと笑いながら、ミゲルは言葉を返す。 「これがキラ、な。男の子の恰好をしていても、可愛いだろう?」 そのまま視線をラスティに向けるとこう口にした。 「確かに可愛い子ちゃんだな。ミゲルが血迷うのも納得」 「血迷うって言うのとはちょっと違うが。取りあえず、手を出すなよ?」 「そうやって警戒しなくても、出さないって。隊長も恐いしな」 やっぱり、こいつとの会話は楽しいな。ぽんぽんと返ってくる言葉を耳にしながら、そんなことを考えてしまう。 「ミゲル……」 誰、とキラが問いかけてくる。そういえば、まだ、説明していなかったな……とようやく思い出した。 「オレンジの髪の奴がラスティ・マッケンジー。緑の方がニコル・アマルフィ。二人とも、俺の後輩で、アスランの友達だぞ」 あまり嬉しくないかもしれないが……と付け加えれば、キラは少しだけ表情を曇らせる。 「あいつもな……あの思いこみさえなければ、こっちに引き込みたいところだが……」 ラクスからも反対されているから、やめておいた方が無難だろう。それはクルーゼも同意見だった。 「うん。わかってる」 フレイもそんなことを言っていたから、とキラは呟く。 「いったい、これはどういう状況なんですか! ちゃんと説明をしてください!」 ようやく我に返ったのだろう。ニコルがこう叫ぶ。 「あなた方は、二人とも死んだんじゃなかったんですか!」 さらに付け加えられた言葉に、ミゲルはラスティと顔を見合わせると苦笑を浮かべあった。 |