食堂に行っても居心地はよくない。
 それは、自分たちが今置かれている状況に原因があることにキラは気付いていた。
 地球に降りてから、キラ達は正式に地球軍の軍人として任官されている。当然、その待遇も地位に準じたものになった。今までのような雑居部屋ではなく個人で使える士官部屋――これはたんにアークエンジェルにいる士官の数が規定よりも少ないだけだ――を与えられた。
 そこにフレイが転がり込んできたのだ。
 キラにしてみれば、別段そのことに関しては何も思うものはない。フレイの目的が、士官室にあるシャワーにあるだろうと言うことは想像が付いたのだ。
 もちろん、それだけはないこともわかっている。
 フラガの様子を見ていればわかるとおり、自分が与えられた部屋を使う時間なんてほとんどないだろう事も想像が付いていたから、それに関してもかまわないのではないか。そうも考えていたのだ。
 だが、ヘリオポリスで知り合った友人達は違った。
 フレイはサイと付き合っていたのに、彼ではなくキラの元にいる。それはおかしいのではないか。そう考えているのだろう。
 だから、自分とサイとの関係は、今最悪だと言っていい。
 それでも、彼女を突き放すことはできないのだ。
 彼女だけが、今の自分にぬくもりと優しさを与えてくれる存在だといっていい。その思惑が、自分のそれと違っていたとしても、それでもかまわないとキラには思えるのだ。
「ほら、キラ! これとこれだけは絶対に食べなさいよ」
 ひょっとして、自分よりもフレイの方が強いのだろうか。
 周囲の視線も気にすることなく堂々としている姿を見ると、うらやましいと思える。
「……ちょっと、量、多くない?」
 プレートを見つめながらこう言い返す。
「嫌いなものは持ってきてないわよ。だから、ちゃんと食べるの」
 でないと、本気で倒れかねないわよ、とフレイはキラをにらみつけてくる。
「あんたが倒れたら、誰があたし達を守ってくれるの?」
 そしてこう言ってきた。
「フレイ……」
 自分がいなくても、フラガがいるではないか。キラはそう言いかけてやめる。
 宇宙にいたときであれば、彼のメビウス・ゼロはストライクに勝るとも劣らない働きを見せてくれた。しかし、地球上ではそうはいかない。新しく与えられたスカイグラスパーは、あくまでもストライクの補助的な位置づけで開発された機体らしいし。何よりも、まだ調整中なのだ。
 そうなれば、自分が戦うしかないだろう。
「食べられるだけでいいわ。ともかく、少しでもお腹に入れなさい」
 いいわね、といわれて、キラは小さく頷く。
 そして、プレートに盛られたサラダをフォークでつつき出す。あまり食欲はないが、フレイが持ってきてくれたサラダとスープ、それにヨーグルトぐらいならのどを通ってくれれるのではないか。
 そんなことを考えながら、何とかサラダをスープで胃袋に流し込んでいたときだ。
「……珍しいな、坊主」
 頭の上から声が降ってくる。
「少佐」
「お仕事はいいんですか?」
 それとも逃げ出してきたのか、とフレイがキラの言おうとしていることを先に言ってしまう。これは、大人しく食事を続けろという合図なのだろうか。
「飯ぐらいはな。あぁ坊主。食い終わってからでいいから、少し手伝ってくれ」
 バックユニットを付けると、微妙にバランスがおかしくなるんだ、といいながら彼はキラの隣に腰を下ろす。
「別に僕は今すぐでも……」
「あんたはそれを全部食べるの!」
「そうそう。残すって言うなら、無理矢理にでも口の中に放り込むぞ」
 キラが最後まで言い切る前に、二人がこう言ってくる。
「……はい……」
 二人にこう言われては、キラが逆らえるはずがない。諦めて、残りのサラダを胃袋に流し込むことにする。
「あぁ、お嬢ちゃんは、これが終わったら軍医の所、な。手伝って欲しいことがあるそうだ」
「……はい……」
 フラガの言葉に、フレイは複雑そうな声音で返事を返す。
 カトーゼミにいたわけではない彼女は、他のメンバーと違って機械に弱い。そのせいで、できる仕事が限られているのだ。その事実が、プライドが高いフレイには不満らしい。
 それでも、何かしている方がまだましだ、と思っているのだろう。渋々でも頷いてみせるのはきっとそのせいだ。キラはそう考えながら彼女の顔を見つめていた。
「わかっているわよ。訓練を受けてないあたしがお荷物だってことは」
 フレイがいきなり頬をふくらませる。
「そんなことは言ってないでしょ、フレイ」
 訓練を受けていないことは事実だし……ここでは訓練を受けることも不可能なんだから、しかたがないよ、とキラは口にした。
「僕が少しぼーっとしていただけだって」
 それがいけなかった? とキラは首をかしげる。
「本当にあんたは」
 あきれているのか、それとも怒っているのかわからない口調でフレイはこういう。
「まぁまぁ。キラにしても、お前さんが心配なだけだろう」
 だから、怒るなって……とフラガが口を挟んでくる。
「少佐」
「ともかく、さっさと飯を食う。そして、自分の仕事をする」
 それが重要だろう、と彼は付け加えた。
「……と言うことは、少佐もきちんとシステムの方に手を付けてくださるんですよね?」
 全部、自分に丸投げしないよね、とキラは問いかける。
「……キラ……」
「マードック曹長に言われていますから。少佐を甘やかすなって」
 にっこりと微笑みながらこう言ってみせれば、彼はわざとらしいため息をついて見せた。
「可愛くないぞ、キラ」
「別に、少佐に可愛いって言われなくていいです」
 言われたときの方が恐い、とキラは何気なく付け加える。
「ひょっとして、キラにまでセクハラしているんですか、少佐!」
 次の瞬間、フレイが叫ぶ。それに、その場にいた者達が反射的にフラガを見つめた。
「お前さんなぁ……」
 フラガが慌てていいわけをしようとする。
「……少佐。それについて、ちょっとお話をさせて頂いた方がよろしいでしょうか」
 タイミングがいいのか、悪いのか。その場にバジルールがいたのだ。
「……中尉……」
「そういうことだから、ヤマト少尉」
「わかっています。曹長にはそう伝えておきます」
「キラ。わかっていると思うけど、十分気を付けるのよ?」
 どうやら、フレイの意識は完全にフラガのセクハラに向けられたらしい。こう言ってくる彼女が、いつもの彼女らしくてキラは内心胸をなで下ろしていた。



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