小さなため息とともにキラは手を止める。 「……これで、大丈夫かな?」 というよりも、現状ではこれ以上どうしようもない。アストレイのスペックを大幅に変えるなら話は別だが、と心の中でそう付け加えた。 「ともかく、エリカ主任に……」 こう言いながら立ち上がろうとしたときだ。不意に誰かがキラの肩を叩く。反射的に振り向けば、そこに信じられない人物の姿を見つけてしまった。 「……いつも、唐突だね」 言葉とともに笑みが浮かぶ。 「しかたがないだろう。こっちにも都合というものがあるからな」 あちこち動き回されているんだから、とミゲルは小さな笑いとともに囁いてくる。 「今回は勧誘活動」 何人か、こっちに引き込みたいんだとさ……と付け加えられて、キラは小首をかしげた。 「ひょっとして……」 「あの人も来ている」 もっとも、どこで誰と会っているかまでは知らないが、とミゲルは笑う。そのまま、そっとキラの体を抱きしめてきた。 「……また、やせたか?」 この言葉に、キラはちょっと考え込む。 「そんなこと……無いと思うけど……」 言葉を返しながらも、キラの視線は無意識にミゲルの顔からそれてしまう。それが彼の言葉を肯定しているのだ、と言うこともキラにはわかっていた。 それでも、認めるわけにはいかない。 ここまで計画が進んでしまっては、要である自分が抜けるわけにはいかないのだ。 「本当にお前は」 そんなキラの気持ちがわかっているのだろうか。ミゲルは小さなため息とともに抱きしめる腕に力をこめる。そして、そのままキラを自分の膝の上に座らせてしまった。 「ミゲル!」 誰かに見られたら! とキラは焦る。彼がここにいることは秘密ではないのか、とそう思うのだ。 「大丈夫。後三十分は、誰も来ないから」 その後で、一人、紹介しないといけない奴がいるがな……と彼は苦笑を浮かべながら呟く。 「できれば、後一人か二人、引きずり込みたいところだけど……ちょっと無理か?」 まぁ、ラクス一人で十分という話もあるが……と彼は苦笑を浮かべる。 「……ラクスも?」 「というより、既にノリノリ」 主導権を握りそうな勢い、とミゲルはキラの問いかけに笑いながら言葉を返してくれた。本気でおもしろがっているような彼の言葉に、キラはラクスがどんな言動をしているのか想像が付いてしまう。 「ラクス……」 いいのか、それで……と思わずキラはため息をついてしまった。そうすれば、ミゲルが低い笑い声を漏らす。 「あの方を見かけだけで判断するなってことだよ」 まぁ、見た目でしか判断できない奴もいるがな……と彼は小さな声で付け加える。 「……ミゲル?」 それは誰のことか、とキラは思わず聞き返してしまった。 「お前が知らなくていい奴のことだよ。それにしても……わかっていてもなれないよな、その声」 元の声の方が好きだし、とミゲルは笑う。 「フレイにも、同じ事を言われた」 何かごまかされたような気がしないでもない。しかし、ミゲルが自分は知らなくていいと判断したのであれば、そうしておいた方がいいのだろう。いつも側にいてくれるフレイとは違った意味で彼は自分にとって《特別》だから、とキラは心の中で呟く。 「全部終わったら、歌ってくれとさ」 ラクスさまが、キラに……とミゲルが耳元で囁いてくる。 「無理だよ、ラクスの前でなんて……」 彼女のうたは、まさしく《歌姫》と呼ばれるにふさわしいものだった。そんな彼女の前で、ただ寂しさと虚無感に耐えかねて曲を口ずさんでいただけの自分が歌ってみせるなんて無理だ、とそう思う。 「何を言っているんだか」 くすり、とミゲルは耳元で小さな笑いを漏らした。 「歌なんて、人それぞれだろう? 俺はラクスさまの歌よりもキラの歌の方が好きだ」 自分に《歌》を教えてくれたのはキラだろう? だったら、責任を取ってもらわないと……と彼は口にする。 「ミゲルと、フレイはいいんだ……でも、ラクスは……」 やっぱり恥ずかしい。キラはそう思う。 「本当は、俺だけに歌って欲しいんだが……」 フレイは妥協しないといけないだろうな、とミゲルはため息をつく。彼女のおかげで、自分たちはこうしていられるのだし、とも。 「ミゲル……フレイに妬いているの?」 まさか、と思いつつキラはこう問いかける。 ミゲルとフレイとでは、自分の中で占める位置が違う。それは、彼もよく知っているはずだったのに。そう思ったのだ。 「……うるさい」 それなのに、彼はこう言いながら頬を赤く染めた。それが信じられないとキラは思う。 「大好きだよ、ミゲル」 でも、そんな彼の反応が嬉しいと感じてしまうのはいけないのだろうか。そう思いながら、キラはこう口にした。 「俺もだよ。愛しているからな、キラ」 言葉とともに、ミゲルの顔が近づいてくる。反射的に瞳を閉じれば、そっと彼の唇が自分のそれに重ねられたのがわかった。 |