目の前に現れた人物を見て、フラガは思いきり顔をしかめる。 「何で、貴様がここにいるんだ?」 本来であれば、大声を出すべきなのだろう。しかし、目の前の相手と一緒にキサカがいる以上、それもできない。 「……昔の約束を果たしてもらおうと思ってな」 本当であれば、きちんと話をしてから巻き込みたかったのだがしかたがあるまい……と目の前の相手――クルーゼがため息をつく。 「昔の約束?」 何だ、それは……と言いかけてフラガは口をつぐんだ。思い当たるものがしっかりと記憶の中にあったのだ。 「覚えていたようだな」 小さいとはいえ、満足そうなその笑いが気に入らない。 「……俺は、地球軍の軍人だぞ」 仲間達を裏切るようなことはできない、とそんな彼に言い返す。 「わかっているよ。私が頼みたいのは、現在そちらにいる子供達のことだからね」 君に地球軍を裏切れとはいわない、とクルーゼは付け加える。しかし、その後に『取りあえずは』と続けられたことも気に入らない。 しかし、それ以上に既に自分の側にいる子供、という言葉が気にかかった。 「……子供って言うと……ヘリオポリスのオコサマ達か」 そして、クルーゼが興味をひきそうな子供、というと一人しか思い当たらない。 「キラ?」 まさか、と思いながらその名前を口にすれば、クルーゼはさらに笑みを深める。 「そう、あの子だよ」 あっさりと肯定の言葉を口にする彼に、フラガは微かに眉を寄せた。 「お前は既に、一度関わり合いを持っている。このような状況でまたお前があのこと関わるとは、思ってもいなかったがな」 だが、関わった以上、付き合ってもらった方がいいだろう。自分たちはそう判断をしたのだ、とクルーゼは言葉を唇に乗せる。 「……関わったことがある?」 そんな記憶はないぞ……とフラガは言い返す。 たとえすれ違っただけでも、あの印象的な瞳が記憶に残らないはずがない。それだけは自信がある。 では、あわなかったのか。 そういえば、三年ほど前にも一度、目の前の相手がとんでもない頼み事をしてきたことがあったな、とそう思い出す。それが関係をしているのか。 「直接、あったことはないはずだ」 そんなフラガの想像を肯定するかのようにクルーゼは口を開く。 「それに、その時伝えていた性別は、今のあの子が周囲に認識させているものと違うしな」 さらに付け加えられた言葉で、自分の想像が当たっていると確信をする。 「キラが、女?」 しかし、それなら今までどうして気が付かなかったのだろうか。そう言いかけて、やめた。答えをすぐに見つけ出したのだ。 宇宙にいた頃は、水不足のために汗をぬぐうことですら難しい状態だった。ユニウスセブンで水を補給した後も、それは続いていた。だから、キラとともにシャワーを浴びるなどと言ったことはしていない。 地球に降りてからは、フレイがしっかりと邪魔をしてくれていた。 「……と言うことは、フレイもぐるか?」 「言葉は悪いが、そういうことになるね」 でなければ、キラを一人でヘリオポリスに行かせることになっていただろう。そうすれば、もっと状況が悪化していた可能性がある。この言葉には、フラガも同意だ。 「確かに、キラが《男》だったから、取りあえず、そっち方面では安全だったか」 だが、どうしてこのようなことになったのか。それがわからない。 どう見ても、あの子供が自分から進んで戦いに関わろうとするようには思えないのだ。 「……真実を話さなければ納得できないだろうが……ただ、これはあまり他人に知られたく事柄だ……特に、キラはそう思っているはずだ」 それでも聞くのか? そして、聞いた後、誰にも話さずにいられるのか、と言外に問いかけてくる。 「お前……俺をどんな人間だと思っているんだ?」 守秘義務は、軍に入った瞬間にたたき込まれることだぞ、とフラガはため息をつく。そうすれば、キサカが苦笑を浮かべるのがわかった。どうやら、彼にはフラガが何を指して言っているのかわかったらしい。 「一番心配なのは、お前がキラに手を出すかもしれない、と言うことだがな」 女性と見れば、声をかけるのが礼儀……と思っているようだし、という言葉にフラガは思いきり不機嫌そうな表情を作る。 「俺だって、手を出していい相手とそうでない相手の区別ぐらい付けている!」 キラは、あくまでも保護対象で、恋愛対象ではない! そう叫ぶフラガに、クルーゼはあくまでも冷たい視線を投げつけてきた。 濡れた髪の毛をアスラン達は鬱陶しそうにかきあげる。 「こちらだ」 その時だ。潜められた声が彼等の耳に届く。 招かれた方へと歩み寄れば、そこには一人の男が待っていた。 「取りあえず、着替えだ。そして、こちらがIDカード。ただし、これで入れるのは第一エリアだけだ」 もう少し時間をもらえれば、さらに先の所まで入れるものを手配できたかもしれないが、と男は苦笑を浮かべる。 「今は、これで十分だ」 アスランがこう言えば、男はわかったというように頷いて見せた。 「ただし、我々が協力できるのはここまでだぞ」 これ以上は、自分たちの本来の任務に支障が出る、と男は口にする。その言葉の裏に隠されている意味がわからないアスランではない。 「わかった」 即座にこう言葉を返す。 「では、俺はこれで。任務の成功を祈っているよ」 言葉とともに男がその場を後にした。その後ろ姿を見送りながら、ディアッカが苦笑を浮かべる。 「俺たちには付き合いきれないってことか」 「しかたがありません。彼本来の任務ではありませんからね」 ディアッカをなだめるようにニコルが声をかけているのがアスランにも聞こえた。 「貴様は、本当にここにまだ、足つきがいると思っているのか?」 そんなアスランに対し、イザークが直球勝負で疑問をぶつけてくる。 「おそらく、な」 何を言いたいのかわからない。それでもこう言い返せば、 「失敗して恥をかくのは貴様だから、別段かまわないが」 とイザークは付け加えた。 「何が言いたい」 「自分で考えればどうだ、ザラ隊長?」 この言葉に、アスランは微かに眉を寄せる。しかし、ここで口論をしても意味がない。むしろ、自分たちの存在を相手に知らせるだけだ。 「……ともかく、移動をしよう」 小さなため息とともにアスランはこう口にする。そして、イザーク達を無視して、着替えを始めた。 |