「……いったい、どこまで信用していいものやら……」
 こう呟きながら、ミゲルは手の中のIDカードを眺める。
 これがあれば、モルゲンレーテの工場内に入り込めるらしい。もちろん、直接キラ達がいるブロックまでは不可能だが、そことの境目までは可能だという。キラさえ呼び出せるのであれば、それで十分だ。
「それに……招かれざるお客も来ているらしいしな」
 もっとも、それは逆に言えば彼等が有能だということだろう。初任兵だった彼等をそれなりに面倒を見てきた人間としては喜ぶべきなのかもしれない。
 しかし、だ。
 ここであの二人を会わせてはいけない。
 それが、自分たちの出した結論だ。
「アスランがなぁ……もう少し柔軟な考え方をしてくれると心配がいらなかったんだが……」
 それどころか、積極的に会わせてやってもいいと思える。そうすれば、キラが苦しむ条件が一つ減るとわかっていたからだ。
 もっとも、だからといって、彼女の隣に立つ権利までは渡すつもりなかったが。それだけは自分だけの特権だし……と心の中で呟く。
 だが、あの時の様子から判断をすれば、アスランはきっとキラをどこかに閉じ込めてしまうだろう。それでは、キラの心の中の傷を完全に癒すことができない。
「……それさえなければ、俺たちもきっと、あいつと同じ事を考えたんだろうが……な」
 でなければ、せめて配置を換えたか、だ。
 だが、どれも有効ではなかった。自分たちの計画を成功させるには、キラをあのポジションに置くしかない。だから、できればその周囲を……と考えるのは当然のことだろう。
「取りあえず……あのメンバーの中で、こちらに引き込んでも大丈夫なのは……ニコルぐらいか?」
 後のメンバーは、キラの側に置くと悪影響が大きい。というよりも、フレイの方が問題だろうな……とそう思う。
「ともかく……あちらとつなぎを取って、キラかフレイと顔を合わせられるようにしないとな」
 中には入れるのだから、誰か知った顔の人間と出逢えるだろう。そこから何とかつてをたどっていけばどうにかなるはずだ。
「一番いいのは、あの人か」
 こっちに戻ってきていると聞いたしな、と呟く。
「それとも、あいつの顔を見てくるか。引き込めるようなら引き込んだ方が楽だしな」
 自分と同じような立場の人間だし……と続ける。そのままミゲルは取りあえず行動を開始した。

 目を覚ませば、そこは見知らぬ世界でした。
「こう言うのは、小説やなんかの中だけのことだと思っていたんだけどな」
 そういえば、事実は小説よりも異なり……という言葉もあったな、とため息をつく。
「命があっただけ、ましなんだよな」
 その上、しっかりと治療までしてもらったし……と呟きながら、大きく伸びをする。先日まではこんな仕草でもまだ痛みが走った。しかし、今日はそれがない。
「もうじき、退院かなぁ」
 そう呟いた瞬間、別の心配が心の中にのしかかってくる。
「っていったって……帰れるわけがないか」
 あれからもう二ヶ月以上がすぎているのだ。当然、本国では自分は死んだことになっているだろう。でなければ、行方不明扱いか。
 どちらにしても、のこのこと帰れば軍法会議が待っているだろうしな……とそう考えて落ちこんでしまったときだ。
「何だ? 何落ちこんでいるんだ?」
 からかうような声が耳に届く。それも、ここで聞くとは思わなかったほど、聞き慣れた声だ。
 はじかれたように顔を上げて視線を向ければ、そこにはいつもの笑みを浮かべた知人がいる。しかし、それは本当に自分の夢ではないのだろうか。
 そんなことを考えて、ついつい、自分の頬をつねる。
「……痛い……」
 当然、目の前の人物も消えない。
「残念だが、本物だよ」
 ご期待に添えなくて悪かったな〜、と付け加えるあたり、やはり本物のミゲルだ、と思う。
「じゃ、何でここにいるんだよ!」
 こう問いかけたとしても、それは当然のことではないか。
「半分は仕事、かな?」
 後の半分は野暮用、とミゲルは笑う。その表情は間違いなく自分が知っているものと変わらないのに、どこか違和感がある。それはどうしてなのだろうか。
「ミゲル?」
「取りあえず、公的にはお前も俺もMIAだし」
 からからと笑いながら言うセリフではないだろう。ミゲルのその態度に思わず頭痛がしてきた。
「じゃ、ここはザフトの関連施設じゃないんだな?」
 言外に、オーブ国内にある拠点ではないのだろう、と付け加えれば、
「ここは、本当にオーブの病院なんだけどな。軍に併設されているとはいえ」
 とあっさりと言葉を返される。しかも、だ。彼はそれが当然のことだと思っているらしい。
 それは一体どういうことなのか。
 ここまで来れば、答えは一つしかないような気がしてくる。しかし、それを認めたくないのだ、自分は。
「まぁ、お前が戻りたければ、方法はあるけどな」
 本国に連絡を取ればいいだけのことだから、とミゲルはあっさりと付け加える。
「ミゲル?」
 今でも本国に連絡が取れる立場というのは何なのか。そんな疑問が心の中にわき上がってくる。
「それとも、俺たちの手伝いをしてくれる?」
 個人的には、それが一番嬉しいんだけどな……と口にした言葉が、間違いなくミゲルの本音なのだろう。
「内容次第、だがな」
 だから、こう言い返した。
「それを聞くと、お前に拒否権はなくなるけど?」
 こういういい方は卑怯だよな、とそう思う。
「じゃ、ミゲルは……俺の協力がいるの、いらないの?」
 だから、こちらもこんな聞き方をする。
「手伝ってくれればありがたいけどね、俺としては」
 でも、ある意味危険だぞ、とミゲルは笑う。
「つまり、面白いわけな」
 内容的に、と言い返せば、ミゲルはさらに笑みを深める。
「だから、お前を仲間に引き込みたいと思ったんだけどな、ラスティ」
 そういう性格だから、と彼は笑う。
「まぁ、オーブ側が拾ってくれたのは本当に偶然だったらしいが」
「なら、その偶然に感謝しないとな」
 こう言い返したときにはもう、ラスティの気持ちは決まっていた。



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最遊釈厄伝