「……しつこい、な」
 砂漠の虎を撃破したせいだろうか。ここ最近の追撃は、執拗と言っていいほどだ。
 もっとも、それはある意味予想していたことではある。
 彼はザフトの中でも名将と呼ばれていた存在だ。それを撃破されてしまっては、あちらとしてもメンツに関わるのだろう。
「坊主の負担が、大きくなるよな」
 あまりに頻繁に攻撃を受けているせいで、キラはろくに休んでもいない。それがどれだけ体に負担をかけているか、わからないはずがないだろう。
「何とか、してやりたいんだが……」
 せめて宇宙であれば、キラのフォローを完璧にしてやれる自信があるのだが、地球上では無理だ。
 せめてスカイグラスパーがゼロぐらいに使えればよかったのに。
「高望みしても、意味はないか」
 与えられた機体で、最大限、キラのフォローをしてやらなければいけないだろう。
 一番いいのは、きっと、連中が襲ってこないことなんだろうな……と呟いても意味がないことはわかっている。
「さて……これで終わり、か」
 ならば、次の追撃が少しでも遅ければいい。
 そうすれば、それだけキラを休ませてやることができる。
 そう願うしかできない自分に、自嘲の笑みを向けながら、フラガは機種をアークエンジェルへと向けた。
「坊主。帰るぞ」
 そして、いつものように通信機越しにあの子供に声をかける。
『はい』
 弱々しいとしか考えられないキラの声がフラガの耳に届いた。

 かなり参っているな、とフラガはため息をつく。それでも、子供達がそれなりに歩み寄っている状況は、まだましなのかもしれない。そう思うことにした。

 相変わらず、ここだけは平和な光景が広がっている。
 しかし、それはこの屋敷の主のせいではない。人々がそれを望んでいるのだ、問い言うこともアスランにはわかっていた。
「お待たせして申し訳ありません」
 言葉とともに微かな衣擦れをさせながらラクスが歩み寄ってくる。
「いえ。お忙しいことはわかっておりますから」
 世界が混迷の中にあるからこそ、彼女の微笑みを必要としている者が多いのだ。アスラン自身も、彼女のヴィジョンで戦争を忘れかけたのも事実。
 しかし、それは一瞬のことだ。
 彼女の微笑みよりももっと強い印象を与える存在がアスランにはいた。
「それは、アスランも同じではありませんの?」
 そっと彼の前にお茶が入ったカップを差し出しながらラクスは問いかけてくる。
「私は……軍人ですから」
 しかたがないことだ、とアスランは言い返す。
 そう。
 自分は軍人だ。だから、割り切ることができる。
 でも、キラはどうなのだろうか。
 そう心の中で呟いたときだ。
「あの方のことを考えていらっしゃいますの?」
 ラクスがこう問いかけてくる。キラの名前を口にしないのは、彼女なりの配慮からだろうか。
「あいつは、バカですから……」
 逃げられるチャンスはいくらでもあったのに、いまだに地球軍と一緒に行動をしているらしい。そう考えれば、自然と眉間にしわが寄せられてしまう。
「それでも、あの方はご自分の理想を貫かれておられますわ」
 ラクスが柔らかな声音でこう告げる。その言葉が何を言いたいのか、アスランにもわかっていた。
 キラは、ヘリオポリスを脱出してからずっと、一人も殺していないのだ。それがどれだけ大変なことなのか、同じパイロットであるアスランが一番よくわかっている。
 だからこそ、どうして、ミゲルを殺したのか。そういいたくなってしまう。
 ミゲルさえ生きていれば、キラは……そう思いかけてアスランは無理矢理思考を切り替えた。
「それでも、やはりあいつはバカです。もっと別の方法をとるべきだったんだ」
 そうすれば……とアスランは唇をかむ。
「アスラン……」
 小さなため息ともにラクスが呼びかけてくる。
「はい?」
「アスランは、何と戦われておりますの? そして、キラが何と戦っているのか、ご存じですの?」
 いったい、今、自分の目の前にいるのは誰だ。アスランはそういいたくなってくる。
「思いこみは、真実を曇らせますわ」
 そんなアスランに向かって、ラクスはさらに言葉を投げつけてきた。
「ラクス……」
 貴方は、いったい何を知っているというのか。そう問いかけようとしたときだ。
「……ラクスさま……」
 そっとメイドが近づいてきたのがわかる。
「申し訳ありませんわ、アスラン。せっかくおいでいただいたのですが……」
「お仕事ではしかたがありません。元々、私が急に押しかけたのですし」
 明日、地球に向けて出発することになっていた。だから、あちらでキラに再会できるかもしれない。
 その時、自分はどうするのだろうか。
 アスランは、まだ、それを決めかねていた。

 アスランを見送ったときだ。背後に人の気配を感じる。
「……困りましたわ。このままでは、アスランがキラを傷つけかねません」
 相手が誰であるかを確認する前に、ラクスは呟くようにこう告げた。
「まぁ……わかっていたことですがね」
 こうなると、配役を変更することも考えておかなければいけないと彼はため息をつく。
「まったく……計画変更ばかりで厄介なのに」
 一番大きな変更は、ラクスの存在かもしれない……とぼやく彼にラクスは苦笑を浮かべる。
「諦めてくださいませ、ミゲル様」
 それが始めた者の役目だ、と彼女は言い返す。
「わかっていますけどね……その変更をあいつにどうやって知らせるか。それが一番難しい所なんですよ」
 予定通り、あそこに行ってくれればいいのだが。そうぼやく彼にラクスは笑みを向ける。
「信じる気持ちが力になるのではありませんか?」
「そうですね」
 頷いてみせる彼に、ラクスはさらに笑みを深めることで同意を示す。
「大丈夫ですわ。キラはお一人ではないのですもの」
 そして、こう口にした。



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