何気なく報告書を検索していたときだ。モニターにある情報が映し出される。
「これは、まさか……」
 男は嬉しそうにこう呟く。
「だが……性別が違う。それに、年齢も」
 あれは、女だったはず……と微かに眉を寄せる。
 しかし、目の前の資料に書かれてある性別は《男》だ。
 オーブのそれが、偽造できるものなのか。もちろん、専門の機関がそれを行おうとすれば不可能ではないだろうが、あれらにそのようなつてがあったとは思えない。
 だが、とも思い直す。
 あれはそちら方面でも利用価値あり、と聞いたことがある。
「確認を取るのが先決でしょうな」
 あの方に報告するのは、その後でもかまわないだろう。男はそう結論を出した。

 しかし、男は、自分の行動までもが監視されていると想像もしていなかった。

「アレに気付かれましたか」
 部下――と言っていいのだろうか――の中では、一番使える存在だ、とそう評価していた。
 だからこそ気付いてしまったのだろう。
「さて、どうしましょうか」
 当面は、心配はいらないはず。いくらアレでもうかつに手出しをできない場所にまだいることがわかっているからだ。
 だが、手の届く場所に姿を現したらどうなるか。
「こちらが指示を出すわけにはいかないしね」
 自分の言葉であれば、間違いなくアレは従うだろう。だが、それはアレの心の中に疑惑の種を植え付けることになる。
 それではダメなのだ。
 自分は、この場にいなければいけない。
 この場にいる理由に、誰にも疑いをもたれずに、だ。
「……一人ではないから、当分は大丈夫でしょう」
 それでも、何か手を打っておく必要がある。それには、内密にあの男に連絡を取らなければいけないだろう。
「まぁ、後はあちら次第ですがね」
 それでも、おそらく予想通りになるだろう、とそう考える。
「それにしても……厄介ですね」
 計画に微調整が必要かもしれない。精密に組み立てられた計画にとって、それは大きなマイナス点ではないだろうか。
 しかし、とすぐに思い直す。
「まだまだ、十分楽しませてくれそうですよ」
 いろいろな意味で、と口にすれば本当に楽しいように感じられる。人の心とは、こんな風に少し見方を変えるだけで大きく変わるものなのだ。
「さて……彼等が大きくバランスを崩してくれたバナディーヤで何ができるでしょうね」
 まずは、そちらを考えよう。こう呟くと、男は端末に手を伸ばした。

 状況を聞き終わった瞬間、ただでさえくっきりと刻まれている眉間のしわが、さらに深まった。
「どうしました?」
 どこか楽しげに問いかけてくる声がある。
「あれらの存在を掴んだ者がいるそうだ」
 もっとも、大本まではたどり着いていないらしい。そうなっていたら、あれらだけではなく自分たちもこんな風に過ごしてはいられない。
「あれに関していれば、見つかるのは覚悟の上だったがな」
 本人はもちろん、周囲の者達もだ。
 そういった意味で、一番危険な位置にいると言っていい。しかし、そうしなければおびき出せない者がいるというのも事実だ。
「あちらから?」
「あぁ。すまないが……」
 連絡役を頼んでかまわないかね? と言葉を返す。
「大丈夫でしょう。私が無理でもあれが動くはずです」
 それに、とその頬に笑いを浮かべる。
「私もあれも、あの子は気に入っていますからね……一度は守れなかったからこそ、今度は何があっても願いを叶えてやりたい」
 もっと安全な選択があったにもかかわらず、一番危険な選択をしたのだ。それは、自分のためではなく世界のためであろう。
 自分と同じ存在をもう生み出して欲しくない。
 あの子供がそう考えていることはわかっていた。
「ともかく、我々ができることは、あの子達が自由に動けるような状況を作ってやることだけでしょう」
 そのためなら、自分の理念を少々曲げることもしかたがないことではないか。
 この言葉に、男は静かに頷いてみせる。
「根回しは、我々の得意とするところだしな」
 取りあえず、あれに連絡を入れなければなるまい。
 こう呟くと彼は行動を開始した。

 最後にその知らせを受けたのは大気圏から遠く離れた場所にいる存在だった。
「……予測していたとはいえ、難しいものだな」
 それでも、既に賽は投げられている。
 もう足を止めるわけにはいかないのだ。
 そして、その役目を担うのは自分たちではない。
「彼等が動きやすいよう、舞台を整えてやりたいのだが……」
 残念なことに、こちらの思惑も一枚岩ではない。それでもと思う。
「……私が自分で決めたことだしな」
 ここで悩んでいてもしかたがない。だから、まずは動き出そう。そう考えて、彼は足を踏み出した。



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