『じゃ、お互い、次に会うまで元気でいよう』
 このメールを最後に、目の前でバルトフェルドが乗り込んだMSが四散する。しかし、その中に彼等が乗り込んでいるとおぼしき脱出シートを見つけて、キラは取りあえずほっとした。
 ケガの有無はともかく、命だけは保証されているのではないか。
 だから、きっとまた会える。
 彼もそういっていたし……とキラは自分に言い聞かせるように呟く。
 だからといって、完全に心が晴れたわけではない。まだ重くのしかかっているものがある。
 それでも、とキラはスロットルを握る指に力をこめた。
 やはり、自分の目で確認するまでは安心できない。
 連絡をくれれば、少しは状況が変わるのに。こんなことも考えてしまう。
「……無理、だよね」
 さすがに、とキラは苦笑とともにはき出した。
『坊主!』
 その瞬間である。通信機越しにフラガの声が耳に届く。
「はい、少佐……」
 何か? とキラは聞き返す。
『動けるな?』
 ケガなんて、していないな? と彼はさらに問いかけの言葉を重ねてきた。
「大丈夫です……ただ、ちょっと疲れただけで……」
 ぼーっとしていました……とキラは言葉を返す。
『そうか』
 ほっとしたような口調で、フラガが相づちを打ったのはわかった。
『なら、さっさと帰ってこい』
 そこにいるよりも、艦の中の方がゆっくりと休めるぞ……と彼は続ける。
 しかし、それはどうだろうか。
 フレイと二人だけならば安心できるだろうが、他の人たちがいれば自分の真実を隠さなければいけない以上、気が休まる暇がない。もっとも、それは最初から覚悟していたことでもある。
「わかりました」
 ともかく、部屋の中にこもってしまえば、しばらくは大丈夫だろう。自分が眠っているときには、きっとフレイが何とかしてくれるだろうし。だから、きっとゆっくり眠れるのではないか。
「……もう、戦闘もないだろうし……」
 キラはマイクに拾われない程度の声でこう呟く。
 ともかく、今はゆっくりと休みたい。
 その気持ちを優先するために、キラはストライクをアークエンジェルへと帰還させた。

 どうやら、キラの疲労を優先してくれているのだろう。マードックも整備よりもまずは休め、といってくれた――もちろん、フラガに関してはしっかりと首根っこを掴んでいたが――その気持ちをキラはありがたく受け取る。
 シャワーを浴びて髪の毛を乾かすのも適当にそのままベッドの中に潜り込んだ。
 そのまま、すとん、と眠りの中に落ちてしまったのだろう。キラの記憶は底で完全にとぎれている。
 しかし、戦闘後にいつも見るようなあの悪夢を、今日は見なかった。
 その代わりに、やさしい手がずっと髪の毛をなでていてくれたような気がする。
 てっきり、それはフレイの手の感触なのだ、とキラは思っていた。
「キラ!」
 しかし、それは違ったらしい。
「さっさと起きて!」
 強引に起こされたせいで、キラは状況が認識できなかった。
「どう、したの?」
 ぼけっとした口調でこう問いかける。
「どうしたのじゃないわよ! あいつ、いつ来たの?」
 この地域にいたことは、あんたから聞いていたけど! という言葉の意味も、キラはすぐに飲み込めない。
「あいつ?」
 誰? とキラは思わず聞き返してしまった。
「……あんた、ね……危機感、なさ過ぎ」
 まぁ、それもあんたらしいし、相手が相手だから仕方ないのかもしれないけど……と呟きながら、フレイはキラの隣に腰を下ろしてくる。
 しかしどうしてそこまで彼女が焦っているのだろうか。キラにはそれがわからない。
「……フレイ……」
 何があったの、とキラは改めて問いかける。そうすれば、彼女は自分のベッドの上を指さした。
「フレイが、持ってきたんじゃないの?」
「そんなこと、あるわけないでしょ」
 あたしの手元にある薬は、本当にわずかだって、あんたも知っているでしょ! とフレイは怒りを隠せない様子で口にする。
「……うん……」
 キラの本来の声のトーンでは、どれだけごまかそうとしても《女》である事を隠せない。だから、それをごまかすためにかなり前から薬を使っていたのだ。
 それはしかたがないことだろう、とキラ自身は思っている。
 そうでなければ、自分たちを捕まえようとしている相手に、自分の存在が見つかってしまうかもしれない。
 自分だけが見つかるならばいい、とキラは思う。
 しかし、そのせいで彼等にまで手が及んではいけない。そうなれば、自分たちの願いは永遠に叶えられることはなくなるのだ。
 しかし、フレイはそれが不満だったらしい。
『あんたの声、あたし、大好きなのに』
 初めて薬で変えられたキラの声を耳にした瞬間、フレイはこう言って頬をふくらませたのだ。
 もっとも、それがしかたのないのことだと言うことは彼女もわかっていた。だからこそ、キラのために薬の管理をしてくれていたのだろう。
「まったく……あいつったら、せめてあたしにも声をかけていってくれればいいのに」
 先ほどまでレジスタンスのメンバーがうろついていたから、それにまぎれて入り込んできたんだろうけど……と付け加えながら、彼女は自分のベッドの上に置かれたそれを取り上げる。
「あんたの薬よ。ついでに、ラブレターかしら」
 ほら、といいながら、フレイがキラの前に尽きだしてきた。彼女の手にあったのは薬と一枚のカードだ。そして、カードに書かれているのは見覚えがある文字だ。
「……じゃ、あれ、夢じゃなかったんだ」
 誰かが頭をなでてくれていたような気がするのは、とキラは呟く。
「なるほど。あの男も、キラの睡眠だけは邪魔したくなかったのね」
 人騒がせな……とフレイはため息をはき出した。
「次にあったら、絶対、文句を言ってやるわ」
 覚えていなさい、という彼女に、キラは苦笑を浮かべるしかできない。
「……お手柔らかにね……」
 それでも、ついついこう言ってしまう。それがフレイの怒りに油を注ぐ結果になったのはどうしてなのか。キラにはわからなかった。



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