「……砂漠の虎……」 それが何者であるのか、キラも知っている。しかし、何故そのような人物がこんなところで、自分たちに声をかけてきたのだろうか。 「そんなに怖がらないで欲しいね。君達が何者でも、現状では協力した方がいいと思うが?」 君達だけでここを脱出できるというのであればかまわないが……とバルトフェルドが声をかけてくる。 この言葉に、カガリは何かを確認するようにキラへと視線を向けてきた。 「ごめん、無理」 そんな彼女に向けて、キラはこう言い返す。 「キラ?」 「僕、武器の使い方、知らないから」 誰も教えてくれなかったし、今までは必要なかった。だから、ここからカガリを無傷で連れ出すことはできない、と付け加える。 「武器の使い方を、知らない?」 まさか、とカガリがさらに問いかけの言葉を口にした。 「僕に望まれているのは、別のことだから」 さすがに《ストライクのパイロット》とバルトフェルドの前で言うわけにはいかない。たとえ相手が知っている可能性があった、としてもだ。 「……だからといって、最低限、自分の身を守るための技術は必要だろう」 カガリも彼の存在を思い出したのだろう。言葉を濁しながらもこう言ってくる。 「そんなこと、言われても……」 困るし、そもそも、訓練している時間なんてない……とキラは呟く。そんな時考えれば、もっと別のことをした方が生き残れる確率が高くなるから、と。 「こらこら……今はそういう話をするときではないと思うがね」 それよりも、もう少し奥に行ってくれると守りやすいのだが……とバルトフェルドが口を挟んできた。 「カガリ。それについては、帰ってからにしよう」 できればフレイが一緒の時がいいんだけど……とキラは心の中で呟く。自分では無理でも、彼女であればカガリを説得してくれるかもしれないし、とそう思う。 「わかった。確かに、生き延びる方が先決だな」 ここであれこれ言っても、キラにその知識を与えられるわけではないし……とカガリも頷く。 「ということで放してくれ。バラバラの方が対処しやすいかもしれないしな」 動きやすいだろうから、と言う彼女にキラは素直にカガリを抱きしめていた腕を放す。そうすれば、彼女はウエストから銃を抜き取った。 「カガリ?」 下手に動いたら、バルトフェルドの邪魔にはならないか。キラはそう思う。 「……ただの護身用だ」 手は出さない、とカガリは言い返す。自分が手出しをしない方がいいことはわかっている……と彼女は付け加えた。 「ならいいけど」 でも、彼女の性格であれば気が付けば飛び出している可能性もある。付き合いが決して長いとは言えなくても、その程度は十分にわかっていた。 こんなことを考えながら、キラは周囲を見回す。 「……誰……」 バルトフェルドの死角になる場所に人影を見つけて、キラはこう呟く。それが味方ならいいが……とそう思ったときだ。相手がこちらに向けて銃を構えようとしているのが見えた。 「ちっ!」 とっさにキラは立ち上がる。その途中で落ちていたカップを掴む。 「おい、キラ!」 何をするんだ! とカガリが叫んでいる声が聞こえる。しかし、それに言葉を返している余裕はない。 軽くステップを踏むと、手にしていたカップを相手に投げつける。 それに、相手は虚を突かれたのか動きを止めた。 だが、完全に戦意を失わせたわけではない。 しかし、自分にできる攻撃は……とキラは周囲を見回す。 カガリであれば銃を使えるのだろうが、しかし、最悪の場合、相手を殺してしまいかねない。 きれい事かもしれないが、それではいやなのだ。 だから……と心の中で呟いたときである。 どこからか飛んできた銃弾が男の手から銃がはじき飛ばされた。 「……え?」 いったい、何が起こったのだろう。それが飲み込めない。 「やれやれ……やっと来たか」 もう少し早くたどり着いてくれてもよかっただろうに……といいながら、バルトフェルドが言葉を口ににした。同時に、キラ達の前にザフトの者達が乗った装甲車が次々と現れる。 「……キラ……」 まずいぞ、とさりげなく近づいてきていたカガリが囁いてきた。しかし、その姿は申し訳ないがちょっと笑えるものだと言っていい。どうやらキラが目を離している間に彼女の嫌いなヨーグルトソースを頭からかぶってしまったのか、きれいな黄金が所々白く染まっている。いや、髪の毛だけではなく服も、だ。 早くシャワーを浴びないと、においがこびりついてしまうかも。そんな心配すらしたくなる。 「このままじゃ、逃げられなくなるぞ」 ザフトの基地に連れ込まれたら、まずい状況になるのではないか。彼女はこう囁いてくる。 「そうかもしれないけど……」 だが、この状況で逃げ出す方がまずいのではないか。キラはそう囁き返す。 「あぁ、二人とも」 まるでタイミングを計っていたかのようにバルトフェルドが声をかけてくる。 「そちらのお嬢さんにはシャワーが必要なようだし、君にはお詫びがまだだったな。少し離れている場所に付き合ってくれるかね?」 それは確認の言葉のようだ。しかし、決して逆らうことを許さない響きが声音に混じっている。 「いえ、僕たちは……」 「あぁ。心配はいらない。変えれば着替えもあるからな」 それでも、こう言ってみた。 「何。遠慮はいらないよ」 しかし、彼は笑みを深めると二人の肩に手を置く。そして、強引に車へと引っ張っていった。 |