目の前に運ばれてきた皿の中身を見て、キラは思わず眉をしかめる。 「カガリ……」 「うまいぞ。チリソースがおすすめだ」 キラの言葉をどう受け止めたのか。彼女はそういって赤いソースが入った容器を持ち上げた。 「ちょっと待った!」 キラがそれを受け取ろうとした瞬間、脇からこんな声が飛んでくる。反射的に視線を向ければ、そこには派手なアロハシャツにパナマ帽、それにサングラスという、いかにも胡散臭そうな人物が、赤いソースが入った容器をキラの前に差し出して来ているのがわかった。 「君個人の嗜好はともかく、他人に間違った知識を与えるんじゃない! ケバブにはヨーグルトソースだ!」 初めて食べるのであれば、正しい組み合わせで覚えてもらわなければいけない、とその人物は力説をする。 ひょっとして、彼はこの店のオーナーか何かなのだろうか。 止めに来る様子がない周囲の人々の様子から、キラはそう判断をした。 「何を言っている! ケバブにヨーグルトソースだとくどいだけだろう!」 すっきりとした味わいにするにはチリソースだ! とカガリが彼に応戦している。そうすれば、男性はさらにヒートアップしてくれた。 「……どっちでもいいよ……」 別に、味なんて……とキラは呟いてしまう。今の自分では、何を食べても同じだから……とも。 フレイが心配するから、彼女には決して告げられないが、何を食べても、ぼんやりとした味しか感じられないのだ。 それが、ストレスで摂食障害に陥る直前の兆候だと言うことも、わかっている。過去に一度、同じような状況になったことがあるのだ。 「何を言うんだね!」 「そうだぞ、キラ!」 だからといって、こう言うときにだけ息を合わせないで欲しい。 「だって……冷めちゃうよ?」 冷めてもおいしいのか? とキラは首をかしげる。 「そうだな。温かいうちの方がおいしい」 カガリはこう言い切ると同時に、手にしていたチリソースを遠慮なくキラのケバブの上にかけてしまった。 「あぁぁぁ! 何と言うことをするんだね、君は!」 しかし、相手の方も同じような行動に出ていたらしい。気が付いたときには、白と赤のソースがキラのケバブの上でマーブル模様を作っていた。 「……まぁ、ミックスもおいしそうだよ」 苦笑とともにキラはそれを口元に運ぶ。 「すまん、キラ」 「申し訳なかった……お詫びにコーヒーかデザートでもおごらせてもらうよ」 あまりの事実に呆然としていた二人が次々に謝罪の言葉を口にした。 「気にしなくていいですよ」 これはこれでそれなりにおいしく食べられるから……とキラが微笑んだときだ。 向かいのビルで何かが光をはじく。 それはどう考えても、あそこに設置されている備品のものではないのではないか。 誰かが持ち込んだ何かが光をはじいたと判断をした方がいいのではないか、と考えてキラは眉を寄せる。 「キラ?」 どうかしたのか? とカガリが不審そうに問いかけてきた。 「やはりまずかったのかね?」 男性が、的はずれな質問を口にする。しかし、それはわかっていてやっているのではないか、とキラには思えた。 「いえ」 だが、そうだとするのであれば、いったい何が狙いなのだろうか。 フレイならばともかく、今の自分にそれほどの利用価値があるとは思えない。後、考えられる可能性は、自分が《ストライク》のパイロットだと彼が知っていると言うことだろう。 しかし、どうして……とキラは考える。 それを知る手段があることはもちろんわかっていた。それは同時に《彼等》の中の誰かが、目の前の男性を信頼できると判断したからだろう。 それならばいい。 だが、そうでなかった場合はどうすればいいのだろうか。 そう考えて、キラはやめる。 「カガリ!」 それよりも先にしなければいけないことがあったのだ。 キラが叫ぶと同時に、あちらこちらから悲鳴のようなものが響いてくる。 「青き清浄なる世界のために!」 その次に続いたのは、決して聞きたくない言葉だ。 「ブルーコスモス」 キラの腕の中で、カガリが嫌そうに口にする。 「みたいだね」 どうすれば、彼女を守れるだろうか。そう思いながら、キラは周囲を見回す。そうすれば、先ほどの男性がテーブルを倒してバリケードを作っているのが確認できる。しかも、彼はキラ達を手招いているのだ。 どうやら、彼はキラ達を見捨てるつもりはないらしい。 その目的は何なのかはわからない。だが、今の自分ではカガリを守ってここを脱出するのは不可能だと言っていいのだ。 だから、今はためらいつつも彼の誘いに乗る。 しかし、彼はサングラスを取った彼の顔を見てカガリはキラの腕の中で身を強ばらせた。 「……アンドリュー・バルトフェルド……」 そして、小さな声でこう呟く。 「え?」 知っているの? とキラは聞き返す。 「砂漠の、虎だ……」 そうすれば、彼女は吐き捨てるようにこう告げた。 |