「キラさん。あちらにコースターがありますよ」 柔らかな微笑みを浮かべながらキラに話しかけているニコルを、アスランは内心鬱陶しいと思ってしまう。 見かけは確かに柔らかい。そして、キラに対する態度もそうだ。だが、その裏側にアスランは自分と同じものを感じてしまう。 キラの側にいるのは自分だけでいいのに……とアスランは心の中で呟く。 「……アスラン……」 キラが何かを言いたげに声をかけてきた。それに視線を向ければ、彼の瞳の奧に『疲れた』と言う訴えを読みとることができる。しかし、それをニコルに告げるのはためらわれてしまうらしい。 「疲れたの、キラ」 キラが頼ってくれるのは、やはり自分なのか……とアスランは嬉しく思いながら、こう問いかけた。 「っていうか……のどが渇いたかも……」 この言葉に、アスランは微かに眉を寄せる。ある意味、これは危険信号だ。 キラが疲れている理由が、遊んだからとかはしゃいだからではない。多分、人の多さに精神的に来ているのだ、とわかったのだ。そういえば、自分たちに向けられる視線が先ほどから途切れていなかったな、とアスランはため息をつく。 「わかった。あそこで、何か飲もう」 ね、と言いながら、アスランはキラの手を掴む。そして、そのまま近くにあるカフェへと向かう。 「個室があるといいんだけどね……」 こう言うところにそんな施設があるとは思えない。それでも四方八方から視線が飛んでこないだけマシだろう、とアスランは心の中で付け加えた。 「……個室はないですけど……区切ってはもらえるはずですよ」 どうやら、おぼろげながらニコルにも伝わったのだろう。こう言ってくる。 「じゃ、そうしてもらおうか」 少し休めば、キラもいくらか立ち直るだろう。もし駄目なようであれば、両親に連絡をして先にホテルに戻れるように手配してもらえばいいか、とアスランは心の中で呟いた。 「……ごめんね……」 そんな彼らの耳に、キラのこんな言葉が届く。 「もっと、遊びたいんでしょう?」 だから、自分のことは放っておいてくれていい、とキラは付け加える。一人で待っているから、と。 「……キラ……本気で言っているなら、怒るよ?」 そんなキラに向かって、アスランは少しだけ強い口調で言葉をかける。 「……アスラン……」 「僕は、キラと一緒に遊びたいんだって。一人で遊べと言われたら、来ないよ?」 確かに、興味は惹かれるが、だからといってわざわざシャトルに乗ってまで来ない、とアスランは付け加えた。それよりも、家の中で新しいマイクロユニットを作っている方が楽しいと。 「キラが一人の時によくプログラムをいじっているのと同じにね」 こう付け加えれば、キラも納得したらしい。 「それに、キラを一人にしておいたら、母上に怒られる」 僕らって母上は怖い、と言えばキラの口元にうっすらと微笑みが浮かんだ。 「おばさま、そんなに怖くないでしょう?」 彼女には『優しい』と言う認識の方が強いのだろう。キラはこう言ってきた。 「キラが知らないだけだって」 そういいながら、アスランはさりげなく視線をニコルへと向ける。そうすれば、話題には行って来られない彼が少しだけ憮然とした表情を作っているのが見えた。 キラのためには味方――友人は多い方がいい。だけども、彼の中で一番の地位にいるのが自分でなければ我慢できない、と思っている自分がいることにアスランは気づいている。だから、わざと彼に見せつけているのだが、それを気づいているだろうか。 「……ニコル、くんは? 遊んでこなくて、いいの?」 ニコルはともかく、キラは全く気づいていないらしい。本心からそういっているのだとわかる口調で、彼はニコルに声をかけている。 「僕も、キラさんとご一緒がいいです」 その瞬間、口元に作り物ではないとわかる笑みを浮かべる彼に、アスランは心の中で小さく舌打ちをした。本気で彼がキラと仲良くなろうと思っているらしいとわかったからだ。唯一の救いは、それが自分に取り入ろうと思っての行動でないと言うことだけだろう。 「それに、ぜひ飲んでいただきたい飲み物もあるんですよ。ここのカフェのメニューは僕も選ばせて貰いましたので」 その中におすすめがあるんです、とニコルはキラに微笑みかけている。 「凄いんですね」 キラがそんな彼に向かって驚きの表情を作って見せた。自分たちの年齢で、そんなことができるのか、と思っているらしい。アスラン達にとって見れば普通のことでも、キラにはそうではないと言うことを改めて認識させられる。 「そんなことないです」 同時に、そうあるべきと周囲から言われてきた者たちにとって見れば、キラの言動は自分の努力を認めてもらえたと思わせてくれるものでもあった。だから、だろう。ニコルが嬉しそうに言葉を返している。 「ニコル……申し訳ないけど、一足先に行って場所を区切ってくれるように頼んでもらえないかな? 僕よりも君の方がいい、と思うんだけど」 キラから彼を引き離したくなって、アスランはこういった。もちろん、キラのために……という気持ちも嘘ではない。 「わかりました」 ニコルも、その方がいいと判断したのだろう。頷くとそのまま駆け出していく。 「……僕、大丈夫なのに……」 その後ろ姿を見送りながら、キラが呟くように口にする。 「そう思っているのはキラだけだよ。顔色が良くない」 本当に妙なところだけ意地っ張りなんだから、と付け加えながら、アスランはキラの体を引き寄せた。そして、その頭を自分の肩へと寄りかからせるような体勢を取らせる。その方が実際楽なのだろうか。キラは嫌がるような素振りを見せなかった。あるいは、これが月でよくしていた事だからかもしれない、とアスランは思う。 「少し休んで……それでも駄目なら、今日は諦めようね。また後で母上に頼んで連れてきて貰えばいいんだし……」 後2年もすれば、自分たちだけでも来られるようになるはずだし……とアスランは付け加える。そのころには一応、自分たちは成人とみなされるようになるはずだから、と。 「そのころまでに、おじさま達の行方もわかるかもしれないし……」 だからね、とアスランはさらにキラに囁きを向ける。 「キラは、もう少し元気にならないとね」 そして、たくさんの友達を作って、おばさまに紹介しないといけないよ、と言う言葉に、キラは素直に頷き返した。 「でも、無理は禁物だからね」 ゆっくり、ゆっくりでいいから……とアスランは口にしながら、でも、自分だけを友達にして欲しい、と心の中で呟いている。でなければ、せめて『親友』とキラが思ってくれるのは自分だけにして欲しいと。 「……アスラン……」 アスランの肩に頭を預けたまま、キラが彼の名を呼んだ。その口調がさっきまでとは微妙に違う。 「何、キラ」 どうかした? とアスランは不安を押し隠しながらキラに聞き返す。 「ありがとうね……側にいてくれて」 しかし、アスランの耳に届いたのは、こんな優しい言葉だった。 「キラ……」 「アスラン、大好きだよ……だから、ずっと側にいてね?」 ふわっと微笑みながら、キラはさらに言葉を重ねる。 「あ……たりまえ、だろう?」 そういうキラの方が離れていかないかと不安だ、と言う言葉をアスランは辛うじて飲み込んだ。 「おじさまやおばさまが見つかっても、ずっと一緒だよ」 僕はキラから離れないから……とアスランは付け加える。その瞬間、キラはパトリックに救出されてから初めて、とっておきの笑顔を浮かべてくれた。 第一のライバル登場……と言いつつ、まだアスランが有利ですねぇ……これからが泥沼かな? |