パトリック達が他の者への挨拶のために出かけた事で、キラは一人部屋に残された。 「……やっぱり、僕、お邪魔だったのかも……」 余計な気を使わせてしまっているような気がする……と呟きながら、キラはベッドに体を横たえる。そうすれば、直ぐに眠気が襲ってきて、実際に自分が疲れているとわかってしまった。 やはり、久々に外出をしたせいではしゃぎすぎただからなのだろうか。それとも、別の理由からなのか、キラにはわからない。 「結局、僕はおじさま達の負担にしかなっていないのかな?」 レノアとアスランだけであれば、パトリックはもっと自由に動けたのではないだろうか。しかし、足手まといの自分がいるから彼――それとも、彼らと言い直すべきなのか――は行動が制限されているようにキラには思えるのだ。 「……僕……」 大人しく待っていた方がよかったのではないかとキラは呟く。 あそこでもキラはある意味お荷物だ。しかし、誰もそれを感じさせるような態度は見せない。どころか、逆にキラを気遣ってくれている。 あそこでは、キラは一人で過ごしているようであっても、常に側に誰かの気配を感じることができるのだ。その事実が、キラを安心させてくれる。しかし、ここには自分以外の存在が感じられないから、キラは自分が必要がない存在だと改めて思い知らされるのだ。 「どんなとこでもよかったから、パパとママと一緒にいたかったな」 例えその結果、死ぬことになったとしても、両親と一緒であれば寂しくなかったのではないか、とキラが呟いたときだ。 「それじゃ、僕が悲しいじゃないか」 いきなりアスランの声がキラの耳に届く。慌てて視線を向ければ、直ぐ側に彼の翡翠の瞳があることにキラは気づいた。 「……アスラン?」 どうして、とキラは視線で問いかける。 「疲れているとは思うんだけど……アマルフィーのおじさまが、ご子息をキラにも紹介したいっておっしゃるから」 一緒に来て、とアスランは微笑みを浮かべた。 「……でも、僕……」 そんな立場ではない、とキラは口にする。パトリックの実の息子であるアスランならともかく、ただのお荷物の自分では……と。 「キラ……父上が今のキラのセリフを聞いたら、悲しむよ」 決してパトリックはキラを『お荷物』だなんて思っていない、とアスランは言い切る。 「それは、アスランが優しいから……そう言ってくれるんじゃないの?」 「……キラ……そんなに僕が信用できない?」 キラの言葉に、アスランは微かに苦いものを微笑みに混ぜた。 「父上があんなに家にいることはなかったんだよ? そして、笑うこともね。キラが嫌いなら、そんな事しないって」 だから安心して、と言いながらアスランはキラの体を抱き起こしてくれる。 「本当?」 「本当だよ」 即答を返してくれるアスランに、キラはようやく少しだけ自分が間違っていたのかも……と思い始めた。 「でも……どうして、僕も、なの?」 アマルフィーのおじさまって、さっき、出迎えてくれた人だよね、とキラは問いかける。 「明日ね。三人で回りなさいって事みたいだよ。そうすれば、キラの負担を減らせるからって」 本当は二人だけの方がいいんだけど、とアスランは囁いてきた。それは間違いなくアスランの本音だろう。 「……僕も……アスランと二人だけの方がいいな……」 しかし、アスランが迎えに来た……と言うことは、パトリックがそうした方がいいと判断したのだろうとキラは思った。 「心配しなくていいよ、キラ。気に入らない奴なら、途中でわざとはぐれちゃおう?」 前にもやったことがあるだろ、とアスランはイタズラを提案するときの表情で囁いてくる。実際、幼年学校時代、何度もやったのだ。その主な理由は、アスラン目当ての子供達から逃げ出すことだったのだが、それを同じ事をしよう、と彼は言っているのだろう。 「……うん……」 キラが微笑みを浮かべれば、アスランは優しい視線を向けてくる。 「と言うことだから、少しだけ我慢してくれる? キラの調子が良くないって言えば、父上も母上も、駄目だって言わないから」 そのまま、キラを立たせるとアスランは靴を履かせてくれた。そして、キラの上着を手渡してくれる。 「……アスラン、ママみたい……」 キラは思わずこう呟いてしまう。その瞬間、彼が複雑な表情を作った。 「キラ……自分の方が年上だって主張していたのは誰だっけ?」 そして、こう言ってくる。 確かに、それは母がアスランのことをほめるときについつい口にしていたセリフだ。だが、今それを告げなければならない母がいない。だから、別段いいじゃないか、ともキラは思う。 「でも、僕は今のキラの方がいいな。甘えてくれるのは、僕のことを信用してくれいてるからでしょう?」 だから、もっと甘えてくれていいよ、とアスランは微笑む。そんな彼に、キラは困ったようなまなざしを向けた。それに答えるかのように、アスランはキラの髪を優しく撫でる。 「これで大丈夫だね……」 寝癖も取れたし……と付け加えられて、キラは思わず頬を染めてしまう。まさか、そんなことになっているなんて思わなかったのだ。 「……教えてくれればよかったのに……」 自分でできた、とキラは付け加える。 「いいの。僕がしたかったんだから」 くすりとアスランは笑い返す。同時に、彼がキラの手を取った。 「行こう」 母上達が待っているから……といいながらアスランは歩き出す。それにキラも逆らわない。 部屋の外に出れば、護衛らしき者の姿が廊下のあちらこちらに見える。それを認めた瞬間、キラはやっぱり自分は場違いなのではないか、と言う思いに駆られてしまった。 「気にしちゃ駄目だよ、キラ」 余計なことを考えないの……と即座にアスランが声をかけてくる。どうして彼には自分の考えていることがわかってしまうのだろうか、とキラは思わずにいられない。でも、ここでそれを問いかけるわけにはいかないだろう。 「……どこに行くの? 人が多いところは……」 「わかっているって。この先に展望室があるんだよ。父上達もそこにいるから」 だから心配しないの、とアスランはまた同じ言葉を口にする。こう何度も彼に言わせてしまうのは、やはり自分が彼に不安を与えているからなのだろうか、とキラは思う。どうすればいいのかな、とも。でも、考えても答えがでないのもまた事実だった。 「ほら、あそこだよ」 言われてみれば、確かにそれらしき場所があることがキラにもわかる。ほんの少しだけ体をこわばらせれば、大丈夫だというようにアスランがキラの手を握る指に力を込めた。 「挨拶だけしたら、直ぐに戻ろうね。ご飯は、部屋に運んで貰おう?」 ね、とアスランがキラの気持ちを引き立てようとするかのように言葉を口にしている。その言葉は、キラの心の中にすんなりと入り込んできた。アスランが本気でキラのことを心配してくれている事に関しては、疑う余地がないからだろう。 「……うん……」 ご飯はいらないから早く眠りたい、とキラは考えていた。 「駄目だからね、キラ。ご飯はしっかりと食べないと」 口に出していないはずなのに、アスランはしっかりとこう言ってくる。 「どうして、わかっちゃうのかな……」 ぼそっとキラが呟けば、 「キラのことだからだよ」 他の誰かのことなんて知らない、とアスランは笑う。そんな彼に、キラは返す言葉が見つけられない。 「お待たせしました。キラを連れてきました」 そのまま二人はパトリック達が待っている展望室へと足を踏み入れる。その瞬間、キラの瞳に若草色の髪と蜂蜜色の瞳をした少年の姿が飛び込んできた。 アスランに甘やかされるのが当然なのか、キラ……と書きながら突っ込んでしまいました(^_^; |