アスラン達が暮らしているディセンベル市とちがってマイウス市は施設が密集している、と言っていい。その事実にキラは目を丸くしていた。
「ディセンベルは、プラントの中では比較的新しいからね。まだ未使用区が多いのだよ」
 そんなキラが外を見やすいように、と自分の膝に乗せてやりながら、パトリックが説明をしている。その光景を、アスランは憮然とした表情で見つめていた。
「アスラン?」
 そんな表情をしていると、キラ君が気に病むわよ……とレノアがそうっと囁いてくる。それはアスランにしか聞こえない声の大きさだった。つまり、キラには聞かせたくない、と彼女も判断したのだろう。
「……すみません、母上……」
 確かに、自分とパトリックが不仲であれば、気に病むのがキラだ。そして、その理由が自分にあると知れば、その瞬間、ザラ家を出ていくとまで言い出しかねない。それだけはさせてはならないのだ、とアスランは心の中で呟く。
「アスラン、あれ見て!」
 そんなアスランの耳に、キラのはしゃいだ声が届いた。
「どうしたの、キラ?」
 視線を向ければ、キラが何かを指さしている。その方向へと視線を向ければ、大きな透明なタワーが見えた。
「綺麗だね、あれ」
 アスランが確認するようにそれを指させば、キラはそうだと頷き返す。
「何の建物なのかな?」
 知っている? と言われて、アスランは小首をかしげる。残念ながら、アスランにしてもマイウス市に来るのは初めてなのだ。
「あそこは……確か、植物園だったはずよ? 最上階がコンサートホール、だったかしら?」
 そんなアスランに助け船を出したのはレノアだった。
「そうなの?」
 キラのこの言葉に、レノアはしっかりと頷いてみせる。
「後で、アスランと一緒に行ってみる? 植物のことなら、いくらでも教えて上げられるわよ」
 そうすれば、キラはさらに笑みを深めた。キラがプラントに来て始めてみせる自然に生まれた笑顔だと言っていい。
「アスランも一緒、だよね?」
 キラがその笑顔のままアスランに声をかけてくる。
「もちろんだよ。キラが行きたいところならどこでも付いていってあげるよ」
 学校も休暇中だし、とアスランはとっておきの笑顔を向けた。
「そういってくれると嬉しいな」
 月にいた頃みたいだね……とキラは何気なく付け加える。だが、次の瞬間、キラは瞳を曇らせた。どうやら、今ここに両親がいない理由を思い出してしまったらしい。
「キラ。いっぱいいろんな所に行って、おじさま達を案内できるようになっておこうね」
 即座にキラに向かってアスランがこう言う。
「……でも、パパとママは……」
 ナチュラルだから……と言う言葉をキラは飲み込む。
「何言っているんだよ。プラントにだってナチュラルの人もいるんだよ? それに、父上がなんとでもしてくれるって」
 そのくらいぐらいできないわけがないだろう、とアスランは言外に付け加えた。もちろん、それはパトリックに向けて、だ。
「もちろんだとも。ちゃんと約束をしてあげるよ」
 だから、アスランの言うとおりにしようね、とパトリックも微笑みながら口にする。
「まずは、明日の遊園地とそれから植物園かな? ディセンベルにも同じような施設があった方がいいのかもしれないね」
 後で検討してみよう、とパトリックはさらに付け加えた。どうやら、そうすればキラが喜ぶだろうとか自分から出かけるようになるかもしれない、と思っているらしい。それに関しては、アスランも賛成できる。
「そうですね。その時は、僕と一緒に行こうね、キラ」
 ディセンベル市内なら、二人で出かけても大丈夫だし……とアスランはキラに声をかけた。
「……でも……」
「大丈夫だよ、キラ。父上に任せておけばいいんだし……それに、おじさまと父上はお友達だったんだから」
 だから、パトリックに任せておけばいい、とアスランは付け加える。
「おじさま?」
 キラがアスランからパトリックへと視線を移した。そうすれば、彼は安心していいというように大きく頷いて見せている。それでどうやらキラは信用したらしい。ほっとしたような表情を作って見せた。
「そろそろ、ホテルに着くのかしら?」
 これ以上キラの意識を両親へと向けさせてはいけない、と思ったのだろう。話題を変えようとするかのようにレノアが口を開いた。
「もう見えてきたようだぞ」
 それに答えるようにパトリックが言葉を口にする。そして、前方を指さした。アスランとキラがその方向へ視線を向ければ、しゃれたデザインの建物が見える。
「あそこ、なの?」
「そうだよ。さて……何階だろうな、部屋は」
 キラの問いかけに、パトリックが即座に言葉を返しているのもレノアと同じ思いだからだろう。
「……ちょっとの間、キラ君一人でお部屋にいて貰わなければならないが……食事の時にはレノアかアスランが迎えに行くからね」
 ゲームもあるそうだから、我慢してくれ……と言うパトリックに、キラは小さく頷いて見せた。

 車から降りて即座に声をかけてくる者がいる。自分の立場から考えれば当然だとは言え、せめて一度部屋に行くまで待って貰いたかった……というのがパトリックの本音だった。自分たち家族だけならかまわないのだが、今はキラもいるのだからと。
「ユーリか。今回は誘って貰えて嬉しいよ」
 だが、相手が今回の事を計画した、ユーリ・アマルフィーでは無視するわけにもいかないだろう。穏やかな笑みを作りつつ、パトリックは彼に言葉を返す。
「いや。お互い、なかなか子供との時間が取れないようだからな。他の者たちも同じだろうが」
 そういいながら、ユーリはアスラン達へと視線を向ける。次の瞬間、驚いたかのように微かに目を見開く。
「……君の所は一人息子だと聞いていたのだが……」
 そして、声を潜めてこう問いかけてくる。
「友人の子供を引き取ったのだよ。君も報告書を読んだはずだが……例の『海賊事件』でご両親と引き離されてね。第一世代という事とご両親に親戚がいらっしゃらないと言うことでね」
 だから、言動に気をつけるように、とパトリックは言外に告げた。
「そうか。それでは他の者たちにも根回しをしておこう」
 頷き返しながら、ユーリは言葉を返してくる。その視線がほんの少しだけ変化したように感じられるのはパトリックの錯覚ではないだろう。
「彼に関しては、もう心配事が一つあるのだが……今でない方がいいだろうな。すまないが、一度部屋に落ち着かせてくれないか?」
 子供達が疲れているだろう……と言う言葉は半分本気だ。アスランはともかく、キラはここまででもかなり神経を使っているのだから、と。
「それは申し訳ない……では、案内させて貰おう」
 移動しながら話をしたいこともあるのだ……とユーリは視線を向けてくる。
「話? 家族がいてもかまわないことなのか?」
「あぁ。むしろ、ご家族に関係していることになるかもしれん。ロミナがな。ちょっとわがままを言い出して……」
 ご家族を招いて、お茶会をしたいと言い出したのだ、と彼は苦笑を浮かべた。
「なるほど。奥方ならそう言い出すだろうな」
 実際にお会いしたことはないが、噂だけは……とパトリックは苦笑を返す。それに安心したかのようにユーリが歩き出した。もちろん、パトリック達も後を追いかける。
「父上」
 だが、即座にアスランが彼の背中に向かって声をかけてきた。
「……アスラン、大丈夫だから……」
 それに続いてキラの声も。
「どうかしたのかな?」
 そういいながら視線だけを向ければ、キラの顔色が良くないのがわかる。どうやら、アスランはそれを心配したものらしい。
「あぁ、すまなかったね。本当に久々の外出だった、と言うことを忘れていたよ」
 できるだけキラに負担を感じさせないように言葉を選びながら、パトリックは声をかける。同時にその標準よりも小柄だと言える体を抱きかかえた。
「おじさま!」
「いいから。ここで倒れては明日楽しめないからね」
 せっかく来たのだろう? と言いながら、パトリックはそのまま歩き出す。
「なるほど……確かに心配だね」
 彼らの様子を立ち止まってみていたユーリが納得をしたと頷いている。
「それに関しても、後でゆっくりと相談させて貰おう。できる限りの手はずを整えさせて貰うよ。それよりも、まずは部屋で休んで貰うのがいいね」
 では行こうか、と言う言葉と共にユーリは先頭を切って歩き出した。



ニコルパパ登場……と言うことはもちろん近々当人も登場予定です、はい(^_^;