「おばさま……」
 キラだけではない。側で彼女の言葉を耳にしていたアスランにしても信じられないと思う。だが、それでも彼はどれだけ彼らがキラを愛しんでいたかも知っている。だから、その言葉に嘘はないだろうともわかっていた。
「……あれが人工子宮だよ……カリダのように、身体の異常で子供を産めない女性は多くいる。そのような人々の救いになれば……と思ってユーレンに頼んだのだよ、私は」
 ユーレンというのが、キラの伯父で、ここの責任者だった人なのだろうとアスランはウズミの言葉を聞きながら推測をする。
「そして、その第一の成功例が《キラ》だ。それがブルーコスモスには気に入らなかったらしいな」
 地球上でコーディネイトされたわけでも、人工子宮の研究をしたわけでもないのに……とウズミはさらに言葉を重ねた。
「本来であれば、キラの後を追うようにして生まれてくるはずだった子供達もいたのだが……」
 エネルギー源をたたれたために……と言葉を濁すウズミの表情から、何が起こったのかは想像ができてしまった。
「……キラ……」
 それ以上に気にかかるのはキラが感じたであろう衝撃の大きさだ。カリダ達が側にいるから心配はいらないのだろうが、それでも確認しないわけにはいかない。そう思いながらアスランは視線を彼へと向けた。
 予想通り――と言うべきなのだろうか――キラは真っ青な顔をしている。そんなキラを両側からカリダとハルマが抱きしめ、何事か言葉をかけてやっていた。
「……ディアッカ……」
 自分たちも何か行動を起こさなければならないだろう。だが、ここで抜け駆けをすれば後々苦労をするのは《キラ》だ。そう判断をして、隣にいる彼に声をかける。
「わかっているって」
 キラが余計な自己嫌悪に陥るまえに声をかけてやらないとな……とディアッカも即座に言葉を返してきた。
「そう言うことだ。どんな生まれ方をしたって、キラはキラなんだし……あいつの存在が第二世代以降のコーディネイターにとっては間違いなく福音なんだから」
 それを本人に理解をさせないと……と口にしながら、アスランはさっさと行動を開始する。
「あぁ……第二世代以降の着床率の低さを、あれで何とか出来そうだしな」
 そうすれば、その成功例であるキラの存在は自分たち以上にプラントにとっては重要だ、と言うことになる……とディアッカは口にした。
「それ以上に、キラが落ち込んだなんて知ったら、あいつらが怖いがな」
 ここに来られなかった二人が……と言われなくても、アスランにもわかてしまう。
「もっとも、俺がそうしてやりたいって言うのが一番の理由だけどさ」
 それ以上に自分の感情が大切だ、とディアッカは笑った。
「もちろんだろう。キラが一番大切なんだ、俺は」
 これに関しては誰にも譲るつもりはない……とアスランは言外に告げる。もちろん、それはディアッカ達も同じだとはわかっていたが。
 それでも、自分がキラの一番近い場所にいたのだ……と思いながらアスランはカリダとハルマに抱かれたままのキラの側へと辿り着く。
「……キラ……」
 そして、彼の両親に気兼ねをするように潜めた声でアスランはキラの名を呼んだ。
「ア、スラン……」
 びくっと体を震わせながら、キラが顔を上げる。そうすれば、その菫色の瞳が不安と驚愕で揺れているのがわかった。
「どうしたの、キラ? 何がそんなに不安なわけ?」
 いつものようにこう告げれば、今度は困惑の色が現れる。
「……アスラン、僕は……」
「キラはキラだろう? 他の誰でもない。それは、キラが俺達にいつも言っているセリフじゃないか」
 キラがキラであればいい、とアスランはとっておきの微笑みでキラに告げた。
「そうそう。それに、キラはご両親に愛されているだろう? 俺達とどこが違うんだ?」
 大切なのはどうやって生まれたかではなく、どれだけ愛されてきたかじゃないか……とディアッカもまたキラに言葉をかけている。
「……でも……」
「それにね。これからきっと、プラントにはキラと同じように人工子宮ではぐくまれる子供が増えると思うよ。それなのにキラがそんなだと、その子供達まで不安になってしまうんじゃないかな?」
 違う? といいながら、アスランはそうっと手を伸ばしてキラの頬を包んだ。それは、アスランがキラを安心させようとするときによくする仕草だ。本当であれば、抱きしめてやりたいところだがそれはカリダ達に任せておく方がいいだろう、とアスランは思う。
「それに、考えてみれば、キラはあのジョージ・グレンと同じだってことだろう?」
 ふっと口調を変えて、アスランはこんなセリフを口にした。
「アスラン?」
 これにはキラも知らんぷりができなくなったのだろう。何を、と言うようにアスランに言葉を返してくる。
「そう。彼はファースト・コーディネイターだろう? 彼がいたから、俺達は生まれてきた。それと同じことだよ。キラがいるから、これから新しい子供達が生まれてくる。それは、コーディネイターだけではなく、人類の新しいステップだってことだろう? それなのに、キラはそんな自分がいやなの?」
 アスランがさらに言葉を重ねれば、キラの瞳に浮かんでいた光が次第に意味を変え始めた。おそらく、これで大丈夫なのではないか、とアスランは思う。
「……さすが幼なじみ……」
 その様子をアスランの斜め後ろで見ていたディアッカがこう呟く声がアスランの耳に届いた。だが、キラまでは聞こえていないだろう。その配慮はありがたいとアスランは心の中で呟いた。
「……だけど、そのせいで、ここは襲われたんでしょう?」
「キラ。そんな連中は俺達がたたきつぶしただろうが。これからだって、俺達の未来をぶちこわそうとする奴は遠慮なく俺が退治してやるから、な」
 キラが口にした不安を、ディアッカが一蹴する。その磊落さは自分には真似できないことだから、このタイミングで口を開いてくれたのはありがたいとアスランは思う。
「そうだぞ、キラ。ディアッカだけではなく、俺やイザーク、それにニコルだって同じだ」
 キラ一人なら、いくらでも守れる、とアスランもディアッカの言葉を補足する。
「それよりも……成功例がキラしかいない……と言うことは、どこに失敗の原因があったのかを解析しなければならないんだろうな。だからか? タッドさまがいらしたのは」
 そして、ルイーズも……とアスランは納得したように呟く。
「だろうな。まずはあの二人が中心になってプロジェクトを作るつもりなんだろう」
 それに、オーブからの技術者だろうか……とディアッカは腕を組みながら言った。あるいは、そのメンバーにキラも含まれるかもしれないとも。
「……僕?」
 先ほどまでとは別の意味でキラが目を丸くした。
「キラのプログラミング能力はプラント内でもトップクラスだろう? 当然、システムの解析に借り出されるって」
 もちろん、その時は自分も側にいられるように手を回させて貰おう……とアスランは心の中で呟く。
「もちろんよ」
 くすくすと笑いながら口を挟んできたのは、いつの間にか歩み寄ってきていたルイーズだった。
「それに関しても、本国に戻ってからになるでしょうけど……誰も反対する者はいないと思うわ。それに……」
 不意に何かイタズラを思いついたというような表情を作るとルイーズはさらに言葉を重ねる。
「ついでに、同性同士でも子供ができるようにしたらいいでしょうね。レノアの希望だったもの。キラ君とアスラン君の子供が見たいって言うのは」
 可愛いでしょうねぇ……と彼女は爆弾発言をしてくれた。
「ルイーズ様!」
 もう悩んでいられなくなったのだろう。彼女のそれ以上の言葉を遮るかのように叫ぶ。だが、賛同者は意外なところから現れた。
「あら……それはすてきだわ」
 キラの肩を抱いたまま、カリダが口を開く。
「カリダ……」
「……母さん……」
 彼女の家族は思わずため息を吐き出した。だが、ルイーズは逆に喜んでしまっている。
「でしょう? 他にも、アスラン君に引けを取らないメンバーがキラ君との間に子供を欲しいって言うのよ? そのうちの一人がそこにいるディアッカ君」
 人工子宮が完成し、同性同士でも子供ができるようになれば、その夢も叶うかもしれない、とルイーズは喜々として口にした。そんな彼女の言葉をカリダが微笑みながら聞いている。
「……僕の悩みって……何だったの?」
 キラがぼそっとこう呟く。
 それに対し、諦めろと言うように彼の父はキラの肩を優しく叩いてやった。



アスランの努力……と言うよりは、女性陣の迫力でキラの悩みが吹き飛んだような気もしないわけでは……