ともかく、キラは何とか割り切ることができたらしい。 そして、プラントとオーブの間で人工子宮に関する研究の骨子が固まりつつあったのも事実。 だが、これで全てが解決したわけではない。 「……キラ、これからどうするの?」 艦に戻りながらアスランがキラに問いかけてきた。 「どうするって……どうしたらいいのかな? 父さん達と一緒にいたいって言うのは本音だけど、アスラン達とも離れたくないし……」 しかし、今はまだ両親がプラントに来ることは難しいだろう。 ならば、自分が両親についてオーブに行くべきなのだろうか……とキラは思っていた。あそこであれば、もさほど嫌悪を向けられないだろうし、自分にできることもあるだろうと。 「……キラ……このままオーブに行くって言うのはなしだよ?」 そんなキラの内心を読みとったかのようなセリフをアスランが口にしてくれた。 「アスラン……でも……」 「キラがおばさま達と一緒にいたいって言う気持ちはわかっているよ。ずっと離れていたんだから。でもね。俺達だってキラと離れたくないし……それに、このまま行ってしまったら、ラクス達がどうすると思う?」 アスランの言葉に、キラは彼らが取りそうな行動を考えてみる。と言っても、目の前の幼なじみ兼親友を含めて出てくる結論は一つしかなかった。 間違いなく、大挙してオーブに押しかけてくるだろう。そして、周囲の困惑や迷惑を無視して居座るに決まっているのだ。 「それに、おばさま達のことなら心配いらないって。うちに来ていただけばいいんだし……いくらナチュラルとは言っても、ザラ家の賓客扱いをすれば文句を言う者はいないはずだよ」 違うかな? と言うアスランに、キラは小首をかしげてみせる。 「アスランはそう言ってくれるけど……そこまで甘えるわけにも……」 それに、オーブがどう出てくるか、と言う問題もあるだろう……とキラは思う。母がアスハ家ゆかりの人物であれば余計に……とも。 「父上は既にその気のようだけどね……」 今すぐには無理かもしれないが、いずれパトリックはハルマとカリダをディセンベルへと招くだろう、とアスランは口にした。 「だから、キラは安心して待っていればいい」 ね、と言うアスランの微笑みの裏に何かが隠されているような気がするのはキラの気のせいだろうか。 あるいは、とキラは思う。 まだ地球上ではブルーコスモスの残党があちらこちらでテロを行っているから、彼は万が一のことを心配しているのかもしれない、と。 「……父さん達に相談しても、いいかな?」 だが、自分の一存で決められることでもないだろう、とキラは考えてしまう。両親がそうしてもいいと言うかどうかがわからないのだ。 「もちろんだけど……最低でも、一度は本国に戻ってくれよ? そして、オーブに行くなら、自分の口からみんなに言ってね」 俺は絶対にいやだからな……とアスランはきっぱりと言い切る。 「それについてもわかっているから」 でなければ、アスランやディアッカが彼らにどんなイヤミを言われるかわかったものではないだろう。 「それに、僕だってみんなに会いたいのは本当なんだよ?」 だから心配はいらない、とキラはアスランに向かって微笑んで見せた。 「それは俺だって知っているさ」 だけど、ことはキラの両親に関わることだから……といいながらアスランはキラに向かって手を伸ばしてくる。 「ともかく、ヴェサリウスに戻ろう? 疲れただろう?」 「そうでもないよ」 苦笑と共にこう言いながらも、キラはアスランの手を取った。 結局、キラの両親は人工子宮に関する合同プロジェクトのメンバーとして後日、オーブからプラントへと来ることに決まった。 それは、地球上ではまだまだ、人間の誕生に人工的に手が加わることに反発を持つ者が多いため、研究のメインがプラント本国で行われることになったからだ。今後、二つの種族の中で人工子宮に関する認識がどうなっていくかはわからない。それでも、戦争が終わったばかりの現状では、少しでも新たな火種を起こしかねないことは慎んだ方がいいだろうと、オーブ、プラント両国の首脳で共通の認識ができたからと言う理由もある。 だが、キラにはそれ以上に心配なことがあった。 「……父さん達がみんなに受け入れてもらえればいいんだけど……」 オーブから来る者たちは皆、その方面においては優れた才能を持った者たちである。だが、彼らのほとんどがあくまでもナチュラルなのだ。コーディネイター達がそんな彼らに憎しみのまなざしを向けなければいいのだが……とキラは思う。 「大丈夫ですわ。私もみなさまを歓迎させて頂きますもの」 そんなキラに向かって、ラクスが微笑みながらこういった。 「なら、大丈夫かな?」 プラントのアイドルであるラクスが両親達を歓迎をしてくれるのであれば、彼女のファンは表だって排斥をしようとはしないだろう。 そして、パトリック達が細心の注意を払ってくれるから、危害を加えようとする者もいないはずだ、とキラは思う。 「それに、キラ様のご両親ですもの。ザフトの皆さんもがんばってくださいますわ」 アスラン達がしっかりと根回しをしているはずだから、と言うラクスの言葉にキラは素直に頷いてみせる。彼らなら間違いなくそうしてくれるはずだという認識がキラの中には根付いているのだ。 だが、キラは気づいていない。 自分が、ザフト内ではラクスと同じくらい人気を得ていることを。そんなキラの両親を守る任務を、ザフトの者たちが本気で取り組まないわけがないのだ。 「アスラン達も一緒にいてくれるって言うから、安心だよね」 今も、彼らは両親達を護衛する任務に就いている。それだからこそ、キラは安心してここで待っていられるのだ。 「そうですわ」 キラの笑顔を見て、ラクスもまた嬉しそうに微笑む。 「ですから、ちゃんとキラ様が私をご両親に紹介してくださいませね」 他の者たちはアスランが紹介をしているはずだから、とラクスが口にしてくる。 「もちろんだよ。ラクスは大切な友達だから」 両親にも知って貰いたい、とキラはしっかりと頷いて見せた。 「友達……ではもの足りませんが、今はそれでよいことにさせて頂きますわ」 ラクスがさらに笑みを深めるとこんなセリフを返してくる。 「ラクス?」 一体何を……とキラは彼女に聞き返した。 「私なら、人工子宮を使わなくても、キラ様のお子様を産めますもの」 さりげなくとんでもないセリフを言われたような気がしてならない。だが、それに対しキラは微笑みと共に丁寧に無視をした。迂闊なことを言えば後々大騒ぎになることをキラは知っていたのだ。 「母さんと気が合うと思うよ、ラクスは」 その代わりというように、キラはこう口にする。 「だとしたら嬉しいですわ」 ラクスも、それ以上突っ込んでは来ない。その代わりというようにさりげなくキラに寄り添ってきた。 「ラクス?」 「ほら、キラ様。あの船ではありませんの? アスラン達のMSが周囲を護衛していますわ」 そして、モニターを指さすとこう囁いてくる。 「そうだね」 ラクスの言葉に、キラは嬉しそうに微笑んで見せた。 「なんか……キラのお婿さんがたくさんいるみたいね」 両親と暮らすようになったキラは、母にこう言われてしまう。 「母さん!」 婿って言うのは何なのか、とキラは言い返す。だが、彼女は気にする様子を見せない。 「だって、みんなすてきでしょう? 貴方はぽやっとしているからそう言う人たちの方が安心できるわ」 確かに、アスラン達のフォローがあったからこそ、こうしていられるのは事実なのだが…… 「母さん……お願いだから、そのセリフ、アスラン達の前では言わないでね」 でないと、本当に誰かの《嫁》にされるかもしれない……とキラは思う。 「はいはい、わかったわ……それよりも、今日はアスラン君達、来るのね?」 なら、腕によりをかけてごちそうを作らないと、とカリダは付け加えた。どうやら、彼女はキラの友人達が訪ねてくるのが嬉しいらしい。それとも、そう言うことが日常になりつつあることが嬉しいのだろうか、とキラは思う。 「そう言ってたよ」 もちろん、キラも同じだ。 両親と共に暮らしている家に、大切な仲間が遊びに来てくれるということは、今までは望んでも果たせなかったのだから。 「でも、あまり無理しなくていいからね」 「わかっているわよ」 くすくすと笑いながらカリダはキッチンへと消えていく。 その後ろ姿を見送ってから、キラは窓の外へと視線を向けた。そうすれば、コロニーの外壁越しに幼い頃過ごしていた月が見える。 あの穏やかだった時間は指の隙間からこぼれ落ちてしまった。 だが、今は新しい時間が自分の手の上に降り注いでいる。それはこぼさないようにしよう、とキラは心の中で呟く。 その時だった。 「キラ!」 垣根越しにアスランの声が響いてくる。視線を向ければ、他の者たちの姿も見えた。 「回ってきて!」 キラは嬉しそうに目を細めると、こう言い返す。そして、友人達を出迎えるために玄関へと駆け出していった。 終 と言うわけで、終わりです。長々とおつき合い、ありがとうございました。 |