二人の姿を見た瞬間、キラの中であれこれ聞こうと思っていた事柄が全て吹き飛んでしまった。
「父さん! 母さん!」
 こう叫ぶと、キラは彼らに向かって駆け出していく。それを誰も制止する者はいなかった。
「キラ!」
 そんなキラを出迎えようとするかのように、カリダ達が大きく手を広げる。キラはためらう頃となく、その腕の中に飛び込んだ。
「……やっと、会えた……」
 そのぬくもりを感じた瞬間、キラの瞳から涙があふれ出す。
「ごめんね、キラ……心配をかけて……」
「大きくなったな……」
 両親の頬もまた涙で濡れていた。
「……良かったな……」
 ゆっくりとキラの後を追いかけながらディアッカがこう呟く。
「あぁ……本当はもっと早く見つけ出せていれば良かったんだがな」
 そうすれば、今は亡きレノアも喜んだだろう。そして、カリダも……とアスランは思う。キラにしても、自分に対する無用な負い目を感じずにすんだはずだ。
 だが、それを口にしてキラ達の喜びに水を差すつもりはない。いや、自分だって彼らに再会できて嬉しいのだ、とアスランは心の中で付け加える。だから、あの中に混ざろうと少し歩を早めた。
「アスラン君……」
 その気配に気がついたのだろう。ハルマが顔を上げる。
「アスラン君?」
 カリダもまた視線を向けてきた。
「キラをありがとう……貴方が、守ってくれたのよね?」
 そして涙に濡れた顔で微笑みながらこう口にする。
「いえ。俺こそ、キラがいてくれて本当によかったですから」
 でなければ、知り合えなかった相手も分かり合えなかった相手もいるのだから……とアスランは微笑む。そして、そっとキラを抱きしめているのとは反対側の腕を広げてくれているカリダを抱きしめた。
「本当、二人とも大きくなってしまって……」
 本当に……と呟くカリダの瞳からまた涙があふれ出す。
「母さん……」
「……おばさま……」
 二人の口からどこかおろおろとした口調で言葉がこぼれ落ちる。
「顔をよく見せてちょうだい、二人とも……」
 もう、昔の面影を見つけ出すのが難しいわね……と微苦笑を浮かべる彼女の頬を、キラとアスランは片方ずつ指先でそうっとぬぐってやった。

 ひとしきり再会の喜びをかみしめた後で、ハルマとカリダは一行をある建物の中へと案内し始める。そこはまるで略奪があった後のように荒れ果てている。
「……母さん?」
 母の隣を歩きながら、キラは不安そうなまなざしを彼女へと向けた。一体どこに向かっているのだろうと……
「もう少し待ってね、キラ……皆さんの前で説明をしてあげるから……」
 そんなキラに向かって彼女は微笑みながらこう口にする。その表情は、幼い頃キラが何か不安になったり怖い思いをして彼女に助けを求めると決まって向けてくれたものだ。そして、そのまましっかりと抱きしめてくれた。自分はそれを見ただけで安心できたことも思い出す。
 だが、今回だけはそうできないのはどうしてなのだろうか。
 あるいは、あの言葉がキラの心の中で引っかかっているからかもしれない。
「……母さん……」
 だから、これだけは確認しておきたい……とキラは再び彼女に呼びかける。
「何、キラ?」
 今度は否定することなく聞き返してくれた。
「……僕のこと、どう思っている?」
 久々にあって、幻滅なんてしなかった? とキラは自分の気持ちを素直に問いかける。それでも他の人に聞かれるのがいやだったのか、彼の声は小さなものだ。
「何を言っているの? キラはキラでしょう? 私達の可愛い子供だわ」
 それだけでいいの……とカリダは微笑みを深めながらそうっとキラの頭へと手を伸ばしてきた。そして、そのまま自分の肩へと彼の頭を引き寄せる。その時初めて、キラは彼女が自分よりも背が低くなっていることに気がついた。
「母さん……」
 その事実が、キラにはほんの少しだけ悲しく感じられる。
「あなたが元気で大きくなってくれていれば、それでいいの」
 側にいてあげられなかったのは自分たちなのだから……とカリダはその体勢のまま言葉を口にした。
「それに、みなさまに愛されて過ごして来たのでしょう? 少し甘ったれ度が増したような気がするけど、でも、いい子に育ってくれたわ、貴方は」
 マルキオさまのところで、ヘリオポリスでキラの面倒を見てくれていた人々と会ったのだ、と彼女は付け加える。その人達が、キラをとてもほめていたと。
「他の方にそう言ってもらえる息子を自慢に思えない親はいないわ」
 だから安心していいの……とも。
「……うん……」
 キラが小さく頷けば、彼女は優しく髪を撫でてくれる。
「それに……これから起こることを考えれば、私達の方が貴方に嫌われてしまうかもしれないわ」
 そのまま、優しい口調で彼女はこんなセリフを口にした。
「母さん?」
 それは、あの日のものと同じだ。それがキラを不安にさせていると気づいているだろうに、どうして彼女は今また同じようなセリフを口にしたのだろうか。
「それでも、私達は《貴方》という存在をこの手に抱きたかったの。そして、精一杯愛情を注いで育ててあげたかったの。それだけは信じてね」
 何を知っても……と彼女はさらに言葉を重ねてくる。
「……だって……母さんは母さんでしょう?」
 自分を『子供だ』と言ってくれるのと同じように、彼女たちが自分にとっては両親なのだ。そして、離れ離れになるまで、思い切り愛しんで育ててくれたことをキラはしっかりと覚えている。だからこそ、自分は彼女たちを捜し続けたのだ。
「そう言ってくれれば嬉しいわ」
 そして、これからもそう言ってくれれば……と言う言葉をカリダが口にしたわけではない。だが、キラの耳には彼女のそんな声が聞こえたような気がしたのだ。
 一体、この建物は何に使われていたのだろうかと思う。
 そして、それを知りたくてパトリック達も着いてきたのだろうか……と。
「……オーブの代表首長さまもいらっしゃるなんて思わなかったし……」
 キラは小さな声でこう呟く。
「あの方はね……キラにとっては大叔父さまに当たる方なのよ」
 これは教えてもかまわない、と判断したのだろうか。彼女はさらりととんでもないセリフを口にしてくれる。
「えっ?」
 いくら母の言葉でも、すぐには信じられない。
「だからね……ウズミ様は、キラのおばあさまの弟なのよ」
 そんなキラに向かってカリダがさらに説明の言葉を重ねてくる。
「……おばあさまの弟?」
 キラが確認をするように言葉を口にした。
「そうよ」
 だから、そう言う重要なことは事前に教えていて欲しかった……と思うのはキラだけだろうか。もっとも、知っていたからと言ってどうこうするつもりはキラにはないが。
「……母さん……親戚の方がいたならいたって、教えておいてよ……」
 それでも恨みがましい口調で言わずにはいられないキラだった。



意味ありげなシーンがまだまだ続きそうな……