アスラン達が戻ってきた日、プラントはまさしくお祭り騒ぎになった。
 何よりも凄かったのは、式典ででラクスとニコルが喜びの歌を奏でたことではないだろうか。本当に久々に目の当たりにする二人のジョイントに、キラは式場の片隅で微笑みを浮かべていた。
 同時に、本当に戦争が終わったのかもしれない、とようやく実感できる。二人のジョイントなんて、戦時中は絶対に実現するわけがないと誰もが知っているからだ。
 これで、アスラン達が側にいてくれればもっといいのに……とキラは心の中で付け加える。
 その時だ。
 誰かがキラの肩をそうっと叩く。
「……えっ?」
 慌てて振り向いたキラは、自分の視線の先にいる相手に信じられないと言うように目を見開いた。
「な……んで……」
 本来であれば、あの部隊に一番近い席にいなければならない存在なのに、とキラは言いかける。しかし、それを征するように彼――アスランの指がキラの唇に押し当てられる。
「キラがこんな所にいるから悪いんだよ。早く会いたかったんだって」
 そう言う問題じゃない、と思うのはキラだけだろうか。
「と言うわけで、邪魔が入らないうちに抜けだそう」
 ラクスの歌が終わった以上、式典は終わりだ、とアスランは幼い頃と代わらない笑みで囁いてくる。それは、いつも彼が何かイタズラを思いついたときの表情だ。
「……でも……」
 いいのか、とキラは視線で彼に問いかける。
「早くしないと、他の連中が邪魔しに来るだろう? イザーク達だけなら妥協してやるが、他の奴らはパスだ」
 話は既に付いているから……と付け加えるあたり、計画的な行動なのだろうか、とキラは思う。
「と言うわけで、行こう」
 ねっ、と微笑みながら差し出された手を、キラは条件反射のように取ってしまった。そうすれば、いつの間にか自分より一回りも大きくなってしまったアスランの手がキラのそれを握りしめてくる。
 音を立てずに歩き出した彼の後を、キラは素直に付いていく。
 会場の外には既にザラ家所有のエレカが待ち受けている。と言うことは、キラが知らないだけで彼らはここに来る前からそのような指示を受けていた、と言うことなのだろうか。
「……アスラン?」
 あるいは、パトリックと事前に打ち合わせていたのかもしれない、とも思う。
「ともかく、乗って」
 でないと、見つかるよ? とアスランはさらに笑みを深めると、キラを半ば強引に車内に押し込んだ。
「アスラン!」
 キラが文句を言う前に、アスランはさっさとエレカを発進させる。
「……ちょっと、アスラン……いくら何でも……」
「急がないと間に合わないかもしれないんだって……それよりもキラ。その辺に着替えがあるはずなんだが……」
 さすがにこれでは目立つ……とアスランは自分が今身にまとっている深紅の軍服を指さす。
「だったら、もっと他の方法を考えればいいのに」
 ぶつぶつと文句を言いながらも、キラは彼に言われたとおり着替えを手渡してやった。そうすれば、器用にアスランは着替えを始める。
「キラは自分の人気に気づいていないから」
 苦笑混じりに、アスランはこう言い返す。
「僕なんて……ただの一般人だって言うのに……人気が出るようなことしていないよ? そりゃ、ルイーズ様とかアイリーン様達にはしょっちゅうからかわれているけど……」
 それは人気とは違うだろう……とキラは付け加える。彼女たちにしてみれば、家族をからかっているのと同じ考えなのではないか……とも。
「本当にキラは……まぁ、そう言うところもキラのいいところなんだけどね」
 だから、みんながキラを心配するのだ……ともアスラン口にする。そして、そのまま手を伸ばしてキラの肩を自分の方へと引き寄せた。
「もう着替えたの?」
 さすがに器用だね……とキラは口にする。
「ザフトにいればいやでも身に付くって」
 いつ何時、何が起こるかわからないんだから……とアスランは囁き返してきた。
「そうかもしれないけど……」
 あの状況では、それが当然なのだ……と言うことはほんのわずかの期間――しかも、戦闘が全くなかった――の航海でも十分伝わってきていた。しかし、それが彼にとっての日常になってしまっていた……という事実が別の意味で悲しいと思う。
「でも、それともしばらくお別れのようだからね。好きなだけキラの側にいられるよ」
 ようやく、といいながらアスランの指がキラの髪を優しく撫でてくれる。
「それは、凄く嬉しい」
 その感触にキラは目を細めながらこう言い返した。そうすれば、アスランは嬉しそうな微笑みをキラに向けてくれる。
「……ところで……どこに行くの?」
 このまま家に帰るのか……とキラは彼に問いかけた。
「違うよ。キラとの約束を果たす方が先決かなってみんなと話し合ってね」
 花の季節は一瞬だしね……と言うアスランに、キラはまさかというように視線を向ける。
「お花見? 半分冗談だったのに……」
「キラはそのつもりでも、俺達がそう受け止めるとは限らないってこと」
 キラのためなら何でもしてやりたいと思っているのだから……とアスランはさらに笑みを深めた。
「言っておくが、父上やうちの者たちも皆共犯だからな」
 キラが出かけてから、みんなで準備をしていたはずだ……と言う言葉から、キラはどうして皆が今日の式典に出席するようにと進めたのかがわかってしまう。
「……どこまで話を大きくしているんだよ、みんな……」
 本当に親しい人たちとこっそりと花見ができればよかったのに……とキラは呟く。
「これでも抑えた方だって……ラクス達に任せれば、コロニーを一つ、桜で埋めるくらいやりかねなかったんだから」
 それはそれで壮観だろうけど……と言うアスランに頷きかけて、キラは辛うじて押しとどまった。さすがにそんなことのためにコロニーを一つ私物化するわけにはいかないだろう。
「……ラクスも……」
 本当に……とキラは小さくため息をついた。
「まぁ、そのくらいしてもよかったのかもしれないね。いや、桜だけではなくいろいろな花を植えて、そこに今回の戦争で死んでいった人たちの慰霊碑を建てれば……花に抱かれて眠れるだろうし……」
 墓標だけが並んだ場所よりもいいのではないか……言うアスランが思い浮かべているであろう光景は、キラにも簡単に騒動できた。
「……そうすれば、おばさまも喜ぶよね……」
 彼女は花が好きだった……とキラは思い出す。だから、花見の時には一番喜んでいた……と。
「桜は無理でも、芝桜ぐらいなら飢えてもいいか、おじさまに聞いてみようかな」
 あれであれば特別な手入れは必要なかったはずだし……とキラは付け加える。
「それも、後でゆっくり考えようね」
 他にもいろいろと考えなければならないことがあるのだから……とアスランはさらにキラの体を自分の方へと引き寄せた。
「あぁ……ちゃんと綺麗に咲いているね。あれなら、今年の花見には十分かな?」
 来年は、キラの両親と一緒に花見をしよう……と、アスランは約束をしてくれる。それにキラは微笑みを深めながらしかりを頷き返した。



結局、みんなキラバカご一行様なのよ……と言うことで(^_^;