その後、アスラン達が休暇を終えるまであれこれあったのは言うまでもないであろう。だが、そんな日常も、キラには《楽しいもの》と認識することができた。あるいは、ここでは周囲の目を気にしなくてもすむからかもしれない。 しかし、そんな日常も早々長くは続かなかった。 まずはラクスが仕事のためにこの地を離れていく。そして、数日中にはアスラン達もまた任務のために出撃をするだろう。その事実が、キラの心の中に重くのしかかり始めた。 そんなときだった。 「キラ君、それにアスランも……夕食後、時間を空けておきなさい」 パトリックがこう声をかけてきたのは。 「おじさま?」 「……どなたかいらっしゃるのですか?」 理由がわからない二人は思わずこう聞き返してしまう。 「人が来るわけではないよ……どうやら、今日は通信回線の状況が良さそうなのでね。オーブへと連絡を入れられると報告が来たのだよ」 パトリックのこの言葉にキラの瞳が期待に満ちる。 「おじさま……それじゃ……」 オーブにいるという両親と連絡が取れる、と言うことなのだろうか……とキラは彼に問いかけた。 「あぁ。あちらとは多少時間がずれているからね。昼前……になるのかな?」 ご両親とも、待っているはずだ……と付け加えられて、キラの表情はますます明るいものへとなっていく。それでもまだ信じられない、と言う気持ちもある。 「アスラン……」 だから、キラは思わず彼に助けを求めてしまった。 「こういう事に関しては、父上は絶対に嘘を言わないって知っているだろう?」 信用してやって……とアスランが珍しくパトリックをフォローするような言葉を口にする。その表情からは全く嘘が感じられない。と言うことは本気で言っているのだろう。 あるいは、事前に彼から相談を受けていたのかもしれない。キラはそう思う。 「……うん……」 だから、キラは素直に頷いて見せた。 「ならね。それを全部食べてしまおうか」 その瞬間、アスランがこう言ってくる。まさかそう言われると思わなかったキラはぐっと言葉に詰まってしまった。そのまま、許しを請うように上目遣いで彼の顔を見つめる。 「駄目だよ、キラ……そんな表情をしても」 ちゃんと食べないうちはおばさま達との通信を許可しない、とアスランは宣言をした。 「だって……多いんだよ……」 アスランと同じ量を食べられないのは昔からだろう……とキラは言い返す。 「でも、全然減ってないだろう? 後半分は食べる」 それでも本当は少ないくらいだ……とアスランが付け加えれば、 「だから、そんなに細いんだよ? ハルマ達が心配するだろうね」 パトリックもまたこう言ってきた。彼にまで言われてしまえば、キラに逃げ道はない。その事実に、思わずキラは涙を浮かべてしまう。 「……と言っても、無理をしても逆効果だからね。ともかく、後一口ぐらいずつは食べなさい」 そうやって少しずつ増やしていけばいい……とパトリックが妥協案を出してくれた。 「……父上はキラに甘いから……でも、今日はそれで妥協してあげるよ」 おばさま達にキラの具合悪そうな表情を見せるわけにはいかないから……とアスランは妥協の言葉を口にする。それでようやくキラはほっとしたような表情を作ることができた。 「本当にキラは……俺がいる間にもう少し食べられるようにさせたかったんだけど、仕方がないね」 まぁ、それでも保護したときに比べれば大分食べられるようになったのだから……とアスランはため息をつく。 「……キラ?」 だが、そのセリフを耳にした瞬間、キラは自分の表情がこわばったことがわかってしまう。 「どうしたの?」 そんなキラの表情に気がついたのだろう。アスランが問いかけてくる。 「……アスラン達、明後日にはいなくなっちゃうんだよね……」 それがちょっと寂しいかな……とキラは口にした。 「大丈夫だよ、キラ。その次の日にはラクスも帰ってくるし……父上達だっているだろう? 俺達だって、ちゃんと毎日連絡を入れるから」 そのために、キラが作ってくれたシステムだってあるんだし……と笑うアスランに、キラはそれでも不安を隠せない。 「何。クルーゼが一緒であれば心配はいらない」 彼の実力は信用ができるものだ、と口にしながら、パトリックはアスランを睨み付けた。 「……そう、ですよね……」 これ以上二人の仲を険悪にしてはいけないだろう。そう判断して、キラは残っていた料理に手を伸ばす。 「無理はしなくていいからね」 アスランもまた、何事もなかったかのように優しげな口調で声をかけてきた。 何とか、キラのお腹が落ち着いたのを確認して、三人はパトリックの書斎へと移動をした。彼の立場上、ここにはオーブへもつなぐことができる通信装置があるのだ。 パトリックがそれを操作してからすぐにモニターに人の姿が映った。 「父さん、母さん!」 その姿を見た瞬間、キラは叫ぶように二人に向かって声をかける。 『……キラ……』 次の瞬間、カリダの瞳に涙が浮かび上がった。ハルマもまた、キラに向けて精一杯の笑みを向けてくる。 『元気そうで何よりだ……心配をかけてすまなかったね』 そしてこう口にする彼に、キラはすぐに首を横に振って見せた。 「僕は……あのあとすぐに、おじさまに助けて頂いたし……アスラン達もいてくれたから、父さん達が心配しているようなことはなかったよ」 それよりも、二人の方が心配だった……とキラはその瞳で告げる。 『そうか……私達は大人しく協力さえしていれば、何もされなかったからね……』 だから、キラが心配するようなことは何もなかった……と二人は微笑む。 『それよりも、貴方に話さなくてはならないことがたくさんあるの……でも、これじゃ無理ね』 それよりも、もっとよく顔を見せて欲しい……とカリダが告げてくる。 『アスラン君も……キラの面倒を見てくれてありがとう』 ハルマもまたこう言いながらさらに笑みを深めた。 「いえ……俺にとって、キラは絶対に必要な存在ですし……側にキラがいてくれないなんて考えられませんから」 だから、キラのためならなんでもできる……というアスランに、キラだけではなくモニターの向こうの両親も困ったような表情を作った。 『アスラン君……お願いだから、キラをあんまり甘やかさないでね』 カリダがその表情のまま言葉を口にする。 「わかっています、おばさま。必要なことはちゃんとしつけさせて頂いています」 「それって……アスランが僕のお母さんみたいじゃないか……」 アスランの言葉に、キラがむくれたように言葉を口にした。 『本当に貴方達は……』 昔から変わっていないのね……とカリダがさらに苦笑を深める。その表情にはどこか安堵の色が見えた。 『少なくとも、直接会えるようになるまでは、キラのことをお願いします……さすがに、こちらにキラが来ることも、私達がそちらに伺うことも難しいでしょうから』 ハルマが表情を引き締めるとこう口にする。 「わかっております。私達が責任を持って保護させて頂きます。キラ君は、私達にとっても大切な存在ですから」 パトリックが即座にこう言い返す。この言葉が額面通りのものではないような気がしたのは、キラの気のせいであろうか……それを確かめることは、今のキラにはできなかった。 忘れないで、キラ…… 貴方の存在は、私達が心の底から望んだから、生まれてきたの。 真実を告げることは怖いけれど……それでも、私達が貴方を本当に愛していることだけは疑わないで。 貴方と言う存在を抱きしめるためなら、どんな愚かな行為でも厭わなかった。それだけなの…… 両親がどうしてこう言ったのか、キラにはわからなかった。 それでも、彼らが本当に自分を愛してくれていることだけはひしひしと伝わってくる。だから、二人が真実を話してくれるまでまとうと思う。そして、その内容がどのようなものでも取り乱したりしないようにしよう、と決意していた。 終わりそうなのに、終わりそうなのに……まだ続きそうです。ともかく、キラの秘密だけは決着を付けないと…… |