一般の兵士達とタイミングをずらして、キラ達はタラップを降りた。もちろん、キラの周囲をアスラン達が取り囲んでいたのは言うまでもないであろう。
「キラ様!」
 そんな彼らの耳に、よく通る声が届く。
 キラが慌てて視線を向ければ、ピンク色の髪をした少女がまっすぐに自分たちの方へ駆け寄ってくるのが見える。
「ラクス?」
 それに気づいたキラがふんわりと微笑みを浮かべながら彼女の名を口にした。
「ご無事で何よりですわ。でも……やせられました?」
 それとも、大人になりかけているからだろうか、と小首をかしげながら、ラクスはキラの頬を両手で包み込む。そしてそのまま彼の菫色の瞳を覗き込みながらこう呟いた。
「どうしてみんな、僕の顔を見るとそう言うんだろうね」
 本気でわからない、と言うようにキラは言葉を返す。
「だって、そう見えますのも」
 自分の記憶の中にあるキラの姿はもう少しふっくらしていたのだ、とラクスは主張をする。その表情のまま、彼女は周囲の者たちに同意を求めた。
「そうね。昔はもう少しふっくらしていたかもしれないわ……でも、ずいぶんとかっこうよくなったと思うわ」
 眼福ね、と微笑みながらラクスの言葉に同意を示したのはアイリーンだった。
「やはり、一人でがんばってきたからかしら?」
 こう言いながら、彼女もキラへと歩み寄ってくる。そして、ラクスの手の中からキラを奪い去った。
「本当、他のメンバーに負けず劣らず《いい男》になりつつあるわね」
 にっこりと微笑んだ彼女の表情に、キラは何やらまずいものを感じ取ってしまう。だが、それに対する対処をキラが考えつく前にアイリーンが動いてしまった。
「アイリーン様!」
 ラクスの悲鳴が周囲に響き渡る。
 アスラン達にしても、ラクスと五十歩百歩の状態だった。アイリーンがキラを『婿に欲しい』と行っていたのは知っていたが、まさかここで実力行使に出るとは思っていなかったのだ。そんなメンバーの中で一番最初に我に返ったのは、自称『経験豊富』なディアッカだった。
「……さすが……」
 侮れない……と呟く。と言っても、それが彼女を止めてくれるかというと、全く思っていない。
「……アイリーン……キラ君が困っているが……」
 そんなキラに助け船を出してくれたのは、やはりというかなんというか、パトリックだった。
「そうだな……いくら何でも、それはやりすぎだろう」
 彼の後にシーゲルもまた言葉を続ける。
「キラ君は、まだまだそう言うことを考えられる状況ではないだろうし……第一、そういうことはキラ君のご両親の許可を取ってからにしたまえ」
 でなければ、本人の意思を確認してからに……とパトリックがさらに言葉を口にした。
「……仕方がありませんわね」
 キラの唇を解放すると、アイリーンが呟く。
「キラ!」
 そんな彼女の前で、キラは思わずバランスを崩してしまった。それを見て、周囲からアスラン達の腕が伸びてくる。
「やっぱり、キラ君には負担が大きすぎたようよ、アイリーン。少しは自重しなさいな」
 年長者としての責任だわ、と口を挟んできたのはルイーズだった。
「……ともかく、移動しよう。ここではキラ君もゆっくりできないだろうし……第一、注目の的だぞ」
 さらにエザリアも口開く。
「……どうでもいいが……実の息子よりもキラの方を優先しているんだな、皆様方」
 感心しているのか――それとも呆れているのか――アスラン達と一緒に出てきたラスティがこう呟く声がキラ達の耳にも届いた。
「まだまだ序の口だぞ。だから言っただろう? キラには気を遣えって」
 でないと、あの人達から恨まれるかもしれないからなぁ……とディアッカが彼に言葉を返す。
「それがなくても、俺達の恨みは買うぞ」
 キラを傷つけたら、無条件で後ろから撃ち落とすかもしれないな……と笑い混じりに口にしたのはイザークだ。
「……イザーク……ディアッカも……」
 そこまでにしておいて……とキラは彼らに向かって声をかける。いくら何でも、自分のせいで彼らが仲間を撃ち落とすことになってはまずいだろう、と思ったのだ。
「ラスティもだ。それ以上口を開くと、本気で失言をしかねないぞ」
 撃ち落とすと言うのは、冗談でも、食べ物に下剤ぐらいは仕込まれるかもしれない、とアスランは低く笑いながらこう付け加える。
「と言う話はおいておいて……キラ、大丈夫か?」
 まだ体調が完全ではないだろう? とアイリーンを牽制するかのようなセリフをアスランが口にする。
「そうですね。また寝込まれては大変ですよ」
 アイリーン達に聞かせようとするかのようにニコルもアスランの後に言葉を続けた。
「なら、やはり急いで移動をした方がいいな」
 いつの間にかキラ達の側まで来ていたパトリックが重々しい口調で宣言をする。と同時に、彼の腕がアスラン達に支えられていたキラの体を軽々と抱き上げた。
「おじさま!」
「父上!」
「ザラ委員長?」
 その瞬間、アスラン達の口から彼に対する非難とも言える声が飛び出す。だが、それをパトリックは気にする様子も見せない。
「……おじさま……僕、一人で歩けますけど……」
 そのまま歩き出した彼に、キラが困ったように声をかける。
「わかってはいるがな……そう言えば、キラ君をプラントに連れてきたときもこうやって抱っこしてあげたな、と思ったのでね」
 ついつい……と言う彼は、キラを下ろしてくれるつもりはなさそうだ。
「父上! キラが嫌がっていますよ!」
 自分がその役目をできないのが気に入らないのか。アスランが刺を含んだ視線をパトリックに向けている。いや、彼だけではない。イザーク達も同じ思いだったらしい。同じような視線を彼へと向けていた。
「おじさま……キラ様を独り占めされるのはずるいですわ」
 しかし、その不満を口にできたのはどうやらラクスだけらしい。
「キラ君の体調が今ひとつであれば、注意をするにこしたことはあるまい。ご両親からも『くれぐれもよろしく頼む』と言われているしな」
 無事に再会ができるまでは、自分が責任を持つ義務があるのだ、とパトリックはしゃあしゃあと口にした。
「……父上……それとこれは話が違うのではないですか?」
 アスランが即座に反論を返す。しかし、その声もキラの耳には届いていないらしい。
「あの……」
 パトリックに期待を滲ませた視線を向けた。
「何かな?」
「……父さんと母さん、元気だったでしょうか……」
 おずおずとこう問いかける。
「あぁ……お元気だったよ。しばらくは警護の関係で入院を続けられるのだそうだが、連絡は自由に入れられる。近々会話を交わせるよう、段取りを整えてあげよう」
 この言葉に、キラはぱっと表情を輝かせた。
「おじさま」
「何。私も、彼らと話をするのは楽しいからな」
 キラに向かってパトリックも微笑み返す。そんな彼を見つめているアスラン達の視線に殺意が含まれたのは間違いのない事実だった。



さて、今回一番おいしい思いをしたのは誰でしょうねぇ(^_^;