本国まで一両日という距離での依頼では、いくらキラでも完全に作り上げることはできなかった。 「……後一息だったんだけどね……」 モニターに映し出されているプログラムを見つめながらキラはため息をつく。 「別段、仕事というわけじゃないんだろう?」 本気で悔しそうなその表情に苦笑を浮かべながらアスランが問いかける。だから、そんなに急がなくていいだろうとも。 「そうなんだけどね……でも、僕としては、みんなが言うんじゃないかってあれこれを他の人に聞かれるのは恥ずかしいって……」 思うのは自分だけなのか、とキラはアスランを見上げてくる。 「まぁ……それに関しては否定できないけど……ひょっとして、隊長の依頼を引き受けたのってそう言う理由だったりする?」 俺達といつでも通信ができるようにって……とアスランはキラの瞳を覗き込んだ。そうすれば彼はしっかりと頷いてみせる。 「……暗号化だけなら簡単なんだけど……ザフトとかプラント本国だけに通信先を絞った方がいいかなって思って……」 考え始めたら、あれこれ機能を付け加えたくなったのだ、とキラは苦笑混じりに口にした。 「それについては仕方がないよね。万が一、のことを考えれば」 クルーゼ隊にスパイがいるとは思わない。だが、キラが作ったプログラムの有効性が知れ渡れば、それ以外の場所でも採用したがるのは簡単にわかってしまうことだ。そう思えば、監視を厳しくするのは当然のことだろう。 「……でも……戻ったら、きっと時間が取れないと思うし……」 考えるに怖い……とキラはさらに苦笑を深めた。それがどうしてか、アスランにもわかってしまう。 「それは……我慢して貰うしかないんだろうな」 我慢していた分、たがが外れるだろうから……とアスランは苦笑を浮かべた。そのまま、そうっとキラの頬を両手で包み込む。 「でも、それは俺達も同じだったからね。父上達の気持ちもよくわかるんだよな。一番悪いのは、切羽詰まった時機に依頼をしてきた隊長だ、と言うことにしておこうね」 まぁ、それでもパトリックのことだ。自分たちのことがなくても有効性を認めればキラにプログラムを完成させるための時間を与えるに決まっている、とアスランは心の中で付け加えた。キラにしても、これに関しては嫌がっていないし……と。 「……でも、それも、僕がちょっと不安定だったからじゃないのかな?」 こう言いながらも、キラはアスランに甘えるように身をすり寄せてくる。 「それも仕方がないことだって……誰もキラを責めたりしないよ」 だから安心していい……とアスランが言えば、トリィも同意を示すようにキラの肩に舞い降りてきた。 「ほら……トリィもそうだって言っているよ」 ね、とアスランが言えばようやくキラの口元にも微笑みが浮かぶ。だが、それはすぐに別のものへと代わっていく。 「アスラン……」 「何?」 「……トリィの設定、戻しておいてね」 にっこりと完璧なまでに作られた微笑みのまま、キラがこう言ってきた。 「……わかっているよ……艦内じゃ、ちょっとうるさかったかなって思ったから、なき声を切ったんだよね」 すぐにできるから、とアスランが返せばキラは納得したようだ。 「じゃ……もう少し、これをいじりたいから……」 完全に場所を限定しての秘匿通信は無理でも、ログを取って残しておくようにすることはすぐにできる、とキラは口にする。 「それだけでも十分じゃないのか?」 少なくとも、現状では……とアスランはキラに問いかけた。 「そうかな? でも、それじゃ他の人にチェックできるってことだよ?」 知られたくないこともあるんじゃないの? とキラは小首をかしげてみせる。 「何事もなければ、誰もログまではチェックしないと思うよ? それよりもIDと通信相手を別にチェックできるようにした方が早いんじゃないかな。それだけでも、実用化には十分だろうし、それ以上の機能が必要かどうかは、父上に相談してみればいいね」 それよりも、早々に終わらせて少しでも長く一緒にいられるようにして欲しい……とアスランは瞳でキラに告げた。 「……それだけなら、つくまでに終わるかな……でも、荷物……」 「俺がやっておいてあげるよ」 アスランはキラに向けて微笑みを向ける。そうして、少し名残惜しく思いながらもキラから離れた。 「……ごめんね、アスラン」 そんなアスランに向けて、キラはとっておきの笑顔を向けてくれる。そして、そのまま視線をモニターへと移した。 すぐに室内にキラがキーボードを叩く音が響き渡る。それはニコルが奏でるピアノのように心地よい、とアスランには思えた。 同じ頃、プラント本国ではヴェサリウスの帰還をじりじりとした思いで待ち望んでいる者がいた。 「ともかく、その日はオフにしてくださいませね。ついでに、その後数日、お休みが欲しいですわ」 にっこりと微笑みながら、ラクスはマネージャーに向かってこう告げる。 「……ですが、ラクス様……」 それは……と彼女は反論を口にしようと試みた。 「お父様も他のみなさまも、駄目とはおっしゃらないはずですわ。それに、ひょっとしたら、私の旦那様になるかもしれない方ですもの。ぜひ、出迎えをして差し上げたいんですの」 もちろん、このセリフはキラの意思を確認してのものではない。だが、シーゲルを始めとした者たちは間違いなく自分たちの中からキラの相手を捜したいと思っているはずだ。もちろん、キラが心の底から望む相手が別にいれば話は別だろう。しかし、そんな話は聞いたことがなかったし、これからもせるつもりはない、とラクスは微笑みの裏で考えている。 「それとも、もしそのせいで、キラ様が私を嫌うようなことになりましたら、あなたが責任を取ってくださいますの?」 さらにラクスが付け加えた言葉に、マネージャーは額に汗を浮かべた。もしここで彼女の恨みを買えば、明日には路頭に迷ってしまうかもしれないのだ。 しかし、彼女のスケジュールはそれこそ分刻みだと言っていい。その中のいくつかは何とか後日に回せるかもしれないが、だが、全ては難しいだろう。 「……ですが……逆に仕事を放り出してその方に嫌われると言うことはないのでしょうか……」 何とかラクスから妥協を引き出したくて、マネージャーはこう問いかける。 「あら……言われてみればそうですわね……でも……」 そこを何とかするのが貴方の仕事でしょう? とラクスは冷たい笑みをマネージャーへと返す。 「もちろん、最善を尽くして調整をさせて頂きますが……全てをなくすることは難しいかと……特に、明後日にあるアカデミー卒業式に関しては……」 そこで皆、ラクスの励ましの言葉を待っているのだから……と。 「……仕方がありませんわね……それに関しては……でも、キラ様もディセンベルへと戻られるのでしたら、ご一緒して貰ってもかまいませんわね」 でなければ、キラを自宅に招いて、その間待っていて貰ってもいいかもしれない……何なら、アスラン達も一緒にでもかまわないかもしれない、とラクスは心の中で付け加えた。 「それに関しては妥協しますわ。後、どうしてもはずせない仕事はありますの?」 他にはないでしょうね、とラクスは無言の圧力をマネージャーへとかける。 「……後は……最高評議会のみなさまとの会食会と……ユニウスセブンの追悼団の仕事が……」 この言葉に、ラクスの機嫌が一瞬悪化しかけた。だが、考えてみれば後者はともかく、前者に関しては間違いなく《キラ》と一緒になれるだろう。そして、後者をすっぽかしては、間違いなくキラに嫌われる。 「仕方がありませんわね。それ以外の仕事は全てキャンセルしてください」 それで妥協してあげます……というラクスの言葉がマネージャーにとって幸いだったのかどうか。それを知るものは誰もいなかった。 と言うわけで、今回はラクスの恐怖伝説です……しかし、そろそろ終わってもいいはずなんだけど…… |