「そう言うことをしたんですか、イザーク……僕たちがまじめに仕事をしているときに」
 ふぅん……といいながら視線を向けてくるニコルの瞳の奧に剣呑な光が見え隠れしている。
「悪かったか?」
 開き直ったのだろうか。イザークが言い返してくる。
「他の連中に対する牽制にはいいと思ったんだがな」
 あの時点で盗み見していた者がいるのだ……と言外に付け加えられて、ニコルとディアッカの表情がさらに剣呑なものへと変化していく。
「……確かに、アスランだけではなく、貴方も……とわかれば、キラさんにちょっかいをかけようとするものはいないでしょうけどね……だったら、アスランのようにほっぺたとか額とかでもいいじゃないですか!」
 そこに対してなら、いくらでも妥協できたのだ! とニコルが怒鳴る。その表情からはいつもの穏和さは完全に消えていた。
「……キラには見せられないな、お前のその表情は」
 呆れたような口調でイザークはニコルを見つめる。そのままさりげなく彼は視線をドアの方へと向けた。
「キラさん?」
 イザークの仕草に、ニコルが慌てて振りかえる。だが、入ってきたのはキラではなくアスランだった。
「……キラさんは?」
 その事実にほっとしながらも、ニコルはこう問いかけている。それはイザークやディアッカも同じだった。
「部屋だ……隊長がいらしている」
 苦虫を噛み潰したような表情でアスランは言葉を返してくる。どうやら、彼は側にいるつもりだったのに、クルーゼに追い出された……と言うところなのだろう。
「……トリィもいるし……隊長なら、心配はいらない……と思いたいんだが……」
 一抹の不安が残らないわけではない……とアスランは言外に告げる。その気持ちは他の面々にもよくわかってしまう。
「……ディアッカ……この後休憩でしたよね?」
 ニコルがさりげなくディアッカへと声をかける。
「部屋の前で見張っていればいいんだろう?」
 ついでに、部屋の中の様子がわかるものがあればいいんだが……と何気なく彼が付け加えたときだ。
「ディアッカ……後で返せよ」
 こう言いながら、アスランが小さなカードのようなものを彼に投げつける。それをディアッカは自然な仕草で受け止めた。
「これは?」
「トリィに付けてある拾音器の端末だ。イヤホンを付ければトリィが拾っている音が聞こえる」
 ただし、キラには内緒にしておけよ……と付け加えるところを見れば、彼はそれをしらないのだろう。もっとも、その方がいいと思うのはイザークも同じだ。
「よくやった……貴様にしては最善の判断だ」
 イザークなりにアスランに最高の賛辞を投げつける。
「ちょっと引っかかるものもあるが……ありがたく受け止めておこう」
 キラのためだしな……とアスランは笑った。そして、ディアッカの側に行くと、頼むと彼の肩を叩く。
「任せておけ。ただし、何かの時の弁護は頼むぞ」
 万が一の時は、クルーゼに危害を加えてもかまわない、とディアッカは思っているのだろう。もちろん、そのような事態が起こったときには、自分たちだって相手をただですますつもりはない、とイザークは考えていた。
「その時は、母上達も巻き込むさ」
 彼女たちも《キラ》が《望まぬ》行為を強いられた、とあればただですますはずがないのだ。無罪は無理でも、かなり刑を軽減するに決まっている。あるいは、事件自体なかったことにするかもしれない……とイザークは思う。
「父上が、無条件でフォローするさ」
 キラのためにな、とアスランも頷いている。
「なら、安心して見張りに行くか……何事もなく終わったら、あいつをここにでもつれてくる」
 キラの気分転換にもなるだろうしな……というディアッカの提案は、無条件で全員に受け入れられたのだった。

「……何のご用でしょうか……」
 仮面を付けているせいで表情を読みとることができない相手に半ば及び腰になりながら、キラはこう問いかけた。
「そんなに警戒をして欲しくないのだがな」
 口元に苦笑を浮かべながら、クルーゼは言葉を返してくる。
「別に君をザフトに入隊させようとか、ここに残って欲しいと言うわけではない」
 そうして貰いたいのやは山々だが……と言うのは間違いなく彼の本音だろう。しかし、それを押しつけないだけの判断力を彼は持っているらしい。
「……では、何でしょうか……」
 しかし、まだ信用できる相手かわからないと思う。その実力と判断力は、アスラン達から聞いていてそれなりに知ってはいるが、有能でもどうしようもない性格の相手もいないわけではないのだ。
「簡単なことだよ。通信回線を暗号化するプログラムを作ってもらえないかな?」
 これから頻繁に本国へ通信を入れたがる者たちがいるのでね……と彼は低い笑い声と共に告げる。それが誰を指しているのか、キラにもわかってしまった。
「……すみません……」
 アスラン達なら絶対にする、とキラは心の中で呟く。それも、休憩ごとに……と言う状況まで簡単に想像できてしまったのだ。
「何。謝られることではないよ。彼らだけではなく、他の者たちも同じような状況が考えられるからね」
 それぞれに大切な者たちがいるのだから……とクルーゼは口にする。
「もっとも、あまり急がなくてもかまわない。どうやら、本国へ戻っても、すぐに出撃をすることはなさそうだからね」
 他の者たちにも休暇が与えられるだろう。その間に完成させてくれればいい……とクルーゼは付け加えた。
「そう言うことでしたら、お引き受けさせて頂きます」
 戦闘に直接関わることではない。そして、人々の心を守る可能性があるのであれば……とキラは考え、こう口にする。
「すまないね」
 では、頼むよ……とキラの肩を叩くと、クルーゼは部屋を後にしようと動き出した。そして、そのままドアを開ける。
「うわっ!」
 おそらくドアに寄りかかっていたのだろう。誰かが勢いよく部屋の中に転がりこんできた。
「……ディアッカ?」
 どうしたの、とキラはその顔を覗き込む。その隣で、クルーゼが彼に冷たい視線を投げつけているような気がしたのは錯覚だろうか。
「これから休憩だからさ。お前と話をしようか、と思ってたんだけどさ。アスランから『隊長がいる』と聞いて、待ってただけだって」
 話を邪魔しちゃ悪いなぁって……とディアッカは苦笑混じりに告げる。そして、わざとらしい仕草で立ち上がった。
「……まぁ、そう言うことにしておこう……」
 何やら含むものを感じさせる口調でクルーゼがこう言う。その意味がわかったのだろうか。ディアッカはさりげなく視線を泳がせている。
「まぁ、大切な存在がいるということはいいことだ」
 笑いを抑えきれないという表情でクルーゼはこう告げた。そして、そのまま部屋を後にする。
「……ディアッカ?」
 説明して欲しいと、キラは彼の名を呼んだ。しかし、ディアッカは答えを返してくれない。その代わりに、
「隊長にもばれているわけね」
 まぁ、当然なんだろうけど……と口にする。ますます意味がわからない、とキラは小首をかしげて見せた。



ニコル反撃。でも、まだまだ大人しいのは他に理由があったからでしょうか。
しかし、キラが本国に戻った後の彼らの通信内容は確かに怖いような気がします。クルーゼさんの判断は正しい、と言うことでしょうか、うん